2008年10月31日 (金)
●フィルムセンターの伊藤大輔、月末になって漸く一本観た。昭和三十五年の『王將』。坂田三吉を主人公にした、北條秀司の芝居の映画化。伊藤大輔は此の原作を三度映画化していて、最初が阪妻主演。次が辰巳柳太郎主演で、今回観たのは尤も新しい三国連太郎主演のもの。小春を淡島千景、ライバル関根を平幹二朗が演じている。流石に立派な出来。見応えがあった。
●小春が三吉を恕し、将棋の道を往く事を勧める場面、又三吉が遂に謙虚を知り、小田原の浜辺で妙見様に力を求めるシーンは感動的。ただ此の映画、村田英雄の「王将」が伊福部昭の音楽にかぶさって流れる所がちょっと恥ずかしい。
●クロード・シャブロル監督の『気のいい女たち』。『王將』と同じ昭和三十五年の映画だ。アンリ・ドカエ撮影の巴里の風景がとても綺麗な作品。綺麗っていっても白黒の綺麗だけど。
●町の小さな電気店で働く四人の女性達が主人公。彼女達の生活ぶりが見ものの映画。特に面白い筋がある訳ではないのだけれど、ランチを食べたり、動物園へ行ったり、ナンパされたり、プールで泳いだり。美女揃いだからそうした情景の一つ一つがおしゃれで魅力的に写る。'60年代ファッションもいいね。終りの方で実に意外な展開が待っているのも宜しかった。好きな映画だ。
●こないだ東京国際映画祭で観たレバノンの『キャラメル』は、此の『気のいい女たち』と概ね同工と見た。あちらは美容室で働く女性達の話だったけれど、矢張り彼女等の身辺事情の描写から成り立っている作品。ナディーン・ラバキーが『気のいい女たち』を意識していたとは思わないけれど。
●ジョセフ・ロージー監督『エヴァの匂い』。ジャンヌ・モローに惚れ込んだ男。許嫁がいるのだが、ジャンヌ・モローに翻弄される。許嫁は自殺して仕舞う。痴話めいたありがちな話も、醒めたタッチで見せる。同じストーリーを、金綺泳が撮れば、濃厚過ぎる程濃厚な情念が描出されるに違いないが、ヌーヴェル・ヴァーグはあっさりさっぱり。此のセンスも素敵だ。
●『ブリュレ』は林田賢太監督の映画。こないだ月蝕の「津山三十人殺し幻視行」に出ていた三坂知絵子さんがプロデュースした自主映画。中村梨香、美香と云う双子の姉妹が、実際に双子の姉妹として主演している。
●親の死後別々に育てられたと云う設定の二人。妹の方が、遠い能代の姉を訪ねて来る。幼少の二人は、父に火を押し付けられる虐待を受けていた。父の死は失火による焼死と云う事になっているが、実は幼かった姉妹が火を点けたものらしい。其の過去の体験は現在にも影を落としており、姉は能代の地で秘かに放火を繰り返している。発覚こそしていないが、妹には其れ等の放火が姉の仕業だと分かる。やがて此の二人、世話になっていた叔父の菓子店に火を点け、逃亡の旅に出る事になる。逃避行の模様が綴られる。
●余り期待していなかったのだけれど、結構面白く観た。絵も綺麗だし、演出も落ち着いていて悪くない。ただ脚本が欠点か。何人かの登場人物の行動に納得いかない点あり。妹が脳腫瘍で余命幾許も無いと云う設定も作り過ぎ。姉妹愛と放火に到る心情描写、逃走のスリルに絞って、もっと上手く話を持っていけたろうとは思う。脚本は監督自身が書いている。ちゃんとした本さえあれば結構楽しみな監督だとは思った。
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●内田けんじ監督の二本。『運命じゃない人』。スパイラル・ムービーなどと云われているらしい。同一場面を、複数の視点から見返す事で、一面的な物語が実は重層的だった事が分かってくる。其れが人間の真理を浮き上がらせようなどと云う意図無くして、ただただ面白い話を語ってやろうとしている風にしか見えない点が小粋だ。当然時系列を何度も遡る語り口になる訳だが、ぎこちなさを全く感じさせない点もいい。技巧に秀で、遊び心に満ちた快作。とても面白かった。
●『アフタースクール』は再見。こちらも良く出来てる。結構無理な設定と思われる所もあるのだが、面倒臭いから考えないようにして見る。それでよいのだろうと思う。
●それから東京国際映画祭である。何だかんだで二十本見た。
□ 『超強台風』 フォン・シャオニン監督(中国)
□ 『火女'82』 キム・ギヨン(韓国)
□ 『アンナと過ごした4日間』 イェジー・スコリモフスキ(ポーランド)
□ 『オーシャン』 ミハイル・コズィリョフ・ネステロフ(ロシア・キューバ)
□ 『キャラメル』 ナディーン・ラバキー(フランス・レバノン)
□ 『外出禁止令』 ラシード・マシャラーウィ(パレスチナ・イスラエル・仏独蘭)
□ 『ビューティフル・クレイジー』 リー・チーイェン(台湾)
□ 『私のマーロンとブランド』 フセイン・カラベイ(トルコ)
□ 『プラネット・カルロス』 アンドレアス・カネンギーサー(独・ニカラグア)
□ 『シルビアのいる街で』 ホセ・ルイス・ゲリン(スペイン・フランス)
□ 『パルケ・ヴィア』 エンリケ・リベロ(メキシコ)
□ 『少女ライダー』 モハマド・アリ・タレビ(イラン)
□ 『カイロ中央駅』 ユーセフ・シャヒーン(エジプト)
□ 『水女』 キム・ギヨン(韓国)
□ 『ホーム 我が家』 ウルスラ・メイヤー(スイス)
□ 『自由処女』 キム・ギヨン(韓国)
□ 『ハムーンとダーリャ』 エブラヒム・フルゼシュ(イラン)
□ 宝塚歌劇雪組ショー『ソロモンの指輪』 舞台演出荻田浩一(日本)
□ 『ダルフールのために歌え』 ヨハン・クレイマー(スペイン・ベルギー)
□ 『8月のランチ』 ジャンニ・ディ・グレゴリオ(イタリア)
●今年は満足度が高かった。此れだけの作品を集めて貰えた事に素直に感謝したい。と共に、此の中の殆どが日本で劇場公開されそうもない事を憂えるものでもある。然し、東京国際映画祭は、国際映画製作者連盟公認の十二の国際映画祭のうちの一つであって、こうしたレベルの秀作は、単純計算でも少なくとも此の十二倍は世界で作られている事になる。いちいちの輸入公開を望むのも無理な話。されば、こうした特別な催しでも結構、あちこちにある他の秀作傑作を見る機会が、今後更に更に設けられる事を願って已まない。
●以上の作品のうち、感想を書いていなかった『カイロ中央駅』について。此れは今年八月に亡くなったエジプトの監督、ユーセフ・シャヒーンの作品。追悼上映であった。エジプトの大監督との事で、半世紀以上に亘る監督人生だったらしい。『カイロ中央駅』は出世作。1958年の映画。
●此れが面白かった。カイロ駅で新聞売りをする片足の不自由な男キナーウィが主人公。監督自身が演じている。彼は、肉感的な駅の物売り娘ハンヌーマに思いを寄せるが、日頃から人にバカにされている此の男、まともに相手をして貰える訳もない。そもそも相手には婚約者がある。結構なあらくれ。主人公、其れでも頑張って、一発逆転を願ってハンヌーマに結婚を申し込むが、呆気なく振られる。やがて彼に狂気が兆して、遂には悲劇の幕が切って落とされる。
●喧噪の駅で働く様々な労働者達が絡み、組合作りを巡っての揉め事なども描かれるが、なかなかにきっぷのいい語り口の映画で、ドラマ性も強かった。ちょっと、白黒でシリアスな作品を撮っていた頃のビリー・ワイルダーを思わせる所もある。ハリウッドの監督の手に依る作品と云われても違和感ないくらいだった。音楽もミクロス・ローザを思わせるものがあり、特に『失われた週末』にそっくりな感じがした。
●ユーセフ・シャヒーンと云う人、多分今迄で殆ど日本では紹介されていなかったと思うが、此の調子だと相当面白い映画を作っていそうだ。色々見てみたい。何でも、既にエジプト大使館の協力を得て、特集上映の計画も立てられているそうである。半年先のアラブ映画祭あたりの事になるかな。傑作の五本や十本はありそうだ。楽しみにしていよう。
●上映に先立っては、駐日エジプト大使閣下の登壇スピーチもあった。その際にお薦め作品の紹介もされたのだった。『土地』『パロット』、アレキサンドリア三部作、『エミグラント』『運命』『カオス』を大使閣下は挙げておられた。どんな映画なのだろうか。
●それと金綺泳作品三作。『火女'82』は、音楽家の夫と養鶏を営む妻、この裕福な家庭に来た家政婦が、夫と肉体関係を持った事から、どんどん夫婦の間に割って入り、夫を惑わし、家庭を崩壊させて行くと云う内容。悪魔的な女が主人公の話で、多分『下女』と同じ様な内容なのではないかと思う。『下女』見てません。
●如何にもくどく作り捲くった色彩といい映像といい、不協和音で煽り立てる音楽といい、過剰過ぎる演出といい、圧倒的なギヨン・ワールドが展開する。常軌を逸した筋立てで、突っ込めば幾らでもアラは見つかるだろうけれど、豪腕で捻じ伏せ、兎に角面白く見せ切って仕舞う所が凄い。優等生的な所は全くないけれど、凄い監督だと思う。家政婦を引きずった儘、主人が逆落としに階段を下りて来るシーンなど、おったまげましたよ。
●『水女』は、足の悪い貧しい男が、吃音の妻を嫁に貰う話。『高麗葬』にも、びっこの男が唖の妻を娶る所があった。類似の設定も物語は違う。この作品では、悪魔主義的な部分は余り見えず、二人の間に生まれた、これまた吃音の子供を巡っての夫婦間のやりとりなどで話が進む。粗暴な夫に虐げられる妻の描写などは矢張りこってり風味だ。
●この映画、1978年の国際児童年を記念して作られたもの。最後の最後は、施設に預けられた子供が言語障害を克服して帰って来、村人の見守る前で大声で児童憲章を暗唱、其の場面を泣かせ所としている。何と云うか、もう如何にもあざとくて噴飯ものなのではあるけれど、有無を言わさぬ金綺泳の強引至極の盛り上げ方で、此れは此れで一見の価値はある。
●『自由処女』。主人公は大学院生かな。性に奔放で、男をとっかえひっかえしている知的美女。彼女が、ちょっとした遊び心で、蝶の研究家である博士にちょっかいを出す。博士の方は妻がいる。禁断の恋であるが、悪戯の筈だったのに二人とも本気になって仕舞う。いけないと知りつつ女と分かれられない男と、初めて本気で男を好きになってしまった女。此れがもう、ずぶずぶの関係になって、最後は殺すだの心中するだのの大騒ぎ。
●此の映画も又、オイそれはないだろうと裏手突っ込みしたくなる様な間の抜けたシーンが続発するが、妄執の様な女の恋情を描いて凄い迫力を出している。山場の心情吐露の場面は凄まじい様だ。単なるカルト映画では留まらない作品。
●蝶博士は又も片足が悪いと云う設定だ。其れにしても、五十歳を「初老の男」と云うのはちょっとひどいんじゃないか。1982年の韓国だとそれ位の認識だったのかねえ。
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2008年10月28日 (火)
●TIFFのワールドシネマ部門のうち、スイス映画『ホーム 我が家』が又大層な傑作。
●一軒の家。広々とした原野の中の一軒家。但し目の前に道が一本走っている。此の道は、建設途中の高速道路。十年前から工事が中断された儘になっている。開通していない訳だから、車は一台も通らない。一家は、目の前の此の道路を庭同然に使っている。誰も通らないので家の前で裸で水浴びをしても平気だ。一家は五人。両親と、二十歳くらいの長女、十六くらいの次女、そして弟はまだ小さくて、小学校低学年。
●ところが或る日、此の道路の工事が再開される。あっと云う間に完成する高速道路。そして開通。たちまち騒音が満ち、空気が悪化し、危険が溢れ、道路の横断が出来なくなり、目の前の渋滞が家族を悩ます様になる。静かだった生活が一変して仕舞う。騒音で夜も眠れず、通勤通学に支障が出、プライバシーが脅かされる様になる。
●環境の変化、騒音と渋滞が家庭を崩壊させて行くと云う、平凡ではあるが何とも恐ろしい映画である。作りはホームドラマの延長の様なもの。でも家族の雰囲気が段々おかしくなっていく過程が、まるでサイコホラーの様に感じられて来る。妻の精神崩壊と夫の爆発。夫婦の衝突の修羅場など、ぞぞっと震えが立つ様な凄みがあった。
●最後は家庭の再生への希望が暗示されはするものの、此れは実に秀逸な家庭劇であり、社会派的な問題作であり、無論面白みも備えた、実に良く出来た映画だった。お父さん役がオリヴィエ・グルメ、お母さん役がイザベル・ユペール。名優二人の演技もとても良かった。
●目の前に高速道路が建設される過程とか、大量の車両とか、撮影状況については知りたい事がいっぱいあったな。残念乍ら監督も映画製作者も来日していなかったので、質疑応答も無かった。監督はウルスラ・メイヤーって人。女性監督だろうか。是非どこかの会社が買って、劇場でも封切って貰いたい映画だ。
●それからメキシコ映画『パルケ・ヴィア』。今年のロカルノ映画祭グランプリ受賞作だが、此れも見事。一軒の豪邸の管理人が主人公。豪邸と云っても売り家で、もう三十年も買い手がついていない。持ち主は白髪の老嬢。
●映画は、老管理人ベトの生活を丹念に描写する。丸でドキュメンタリーの様な作り。彼は此の三十年間、買い手のない邸の管理を任されている。朝目覚ましで起き、歯を磨き、芝を刈り、硝子を拭き、洗濯をし、アイロンをかけ、屋上に干す。邸の隅々までをきちんと掃除するだけの、単調な毎日。其の彼の、如何にも几帳面であり乍ら変り映えのしない生活の描写。週に一度、愛人を招き入れたりもする。
●それだけの内容が、決して退屈せず、面白く見られるのは、作りが上手いからなのだろう。何の衒いも気負いもない、実直で分かり易い映画ではある。ところが最後の最後で、とんでもない成り行きになる。それまで実に明快だった、一天何の曇りも無い作品世界だった筈なのに、観客は一番最後で、急激に、不可解不条理な場面に直面させられる。ちょっと観る者に動揺を与える様な結末が用意されている。何とも云えない、割り切れない感情を抱かされた儘、映画が終了する。完全な明快さから完全な不可解への急激な移行だ。
●ううむ、ネタバレになっちゃうから詳しくは書かないが、此れ又凄い映画だったぞ。尤もネタバレと云ったって、此の先この映画が再び日本で観られる日が来るかどうか。多分容易には来ないと思うけれど。監督はエンリケ・リベロと云う人。
●メキシコの作品と云えば、去年TIFFで観たエルネスト・コントラレス監督の『青い瞼』も素晴らしい出来だった。メキシコ映画、相当にレベルが高いぞ。そしてメキシコと云えば、数年前に彗星の如く現れたカルロス・レイガダスと云う大注目の監督もいる。今の所三本撮っているらしいが、物凄く評判がいい。然し私は未だ其の作品を観ていない。本邦では公開されていないから。今年のスペイン・ラテンアメリカ映画祭で実際は一本上映されたらしいのだが、私は見に行けなかった。レイガダス作品も早く観たくて堪らなくなって来ますな、こうメキシコ作品がいいと。
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2008年10月27日 (月)
●東京国際映画祭の「ワールドシネマ」と云う部門は、海外の映画祭で既に賞を獲ったり、或いは話題になったりした映画が集められている。定評ある秀作の選りすぐりだから、或る意味コンペティション部門以上に見る価値があったりする。
●今年の西仏合作映画『シルビアのいる街で』の登場は、若しかしたら後々まで語りぐさになるかも知れない。そう思わせる程に強い印象を残す、素晴らしい映画だった。
●此の映画のストーリーは殆ど無いに等しい。或る街にやって来て滞在する青年。彼はカフェで見かけた女性の後を追う。六年前に知り合ったシルビアと云う女性ではないだろうか。ずうっと後を尾けて、漸くトラムの中で声を掛けるが、人違いであった。と、ただ其れだけの内容。
●青年が女性に目を留めて、其の後を追い始めるのが、映画が始まってから約二十五分後。それから街中を追って追って、同じトラムに乗り込んで、初めて声を掛けるのが四十五分頃。八十五分の映画の中での事である。ちっとも話は進展しない。ところが、此の映画、余りに魅力的で、少しも飽きる事がない。
●カフェの屋外席に座った青年は、ただひたすら周囲の人々を観察し、其の顔をノートにスケッチする。其の過程が丹念に描かれる。彼に見つめられる人々の仕草、表情、服の色、髪の艶、話し声、笑い声。いちいちが何とも美しい。人物の仕草、表情、それこそが此の映画の主役を務める。そして一人一人に当る光線の具合、流れる音楽やあたりのざわつき、音。状況を充たすあらゆる要素が美的観賞の対象となって、観客の前に提示される。
●鏡の使い方、硝子の映り込みの撮り方など計算しつくされていて、実に巧い。カフェの外から店内を見た時、中にいる女性の表情と、硝子を隔てた外の風景の反射とが重なって見える。人の顔が、四人五人六人と、硝子の反射に不自然なく納まる。其の撮り方、計算が、溜め息が出る程上手くて綺麗だ。
●やがて一人の女性の後を追い始める青年。ここからは街路の描写である。街のたたずまい、石畳、壁の落書き、道行く人、物売りの声、車の音。街の空気そのものが美しく捉えられる。ロケ地は独逸国境に近い仏蘭西のストラスブールとの事だが、町自体が綺麗だし、街角散策の気分が嬉しく楽しい。ローデンバックの『死都ブリュージュ』を思わせる「追跡」が続くが、此の映画には哀愁の要素はない。
●漸くトラムの中で彼女に声をかける。が、人違い。別れる時点ではもう映画の七割がたは終っている。後は再び街中漫歩と人間観察が続くだけ。然しそれで充分なのだ。風に乱れる女性の長い髪、肌の色、木の葉に当る光線、石畳の光り具合、車窓を流れる街の光景、そうしたものの連続が見る者を酔わせる。隅々までがきらめいて綺麗で、此れは素晴らしく良く出来た映画だった。
●多少実験的な作りに思えもするし、そうでなくとも一度しか通用しない手口と受け止められかねない映画ではある。でも此の監督の計算力と美的センスは抜群で、確かなものだ。監督はスペインのホセ・ルイス・ゲリンって人。スペインと云えばビクトル・エリセを生んだ国だが、成る程此の映画の美しさは、『マルメロの陽光』あたりと似ていないでもないな。兎に角、見終わって数日経った今でも心に残り続けている、と云うか、日が経つに連れてどんどん印象が大きくなって来ている、そんな映画。忘れられなくなる、兎に角ステキな一本だった。
●尤も、筋でなく感性とテクニックの映画だから、人によっては全く受け付けない場合もあったりするようだ。「じれったいだけ」とか「時間の無駄だった」と云う感想も実際見受けられるが、ううむ。ま、そうか。
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2008年10月26日 (日)
●『少女ライダー』は、イランのベテラン、モハマド・アリ・タレビ監督の新作。曲芸バイク乗りの伝説のライダーを父に持つ兄妹。父亡き後、兄の方が後を継ごうとするが、怪我で挫折。此の儘では、曲芸場の木の壁が撤去されて仕舞う。そこで妹が後継に名乗りを上げる。
●此れが優秀な娘で、父譲りの見事なアクロバットを見せる。立派な後継者の誕生と思われたのだが、イランならではの国情で、女性の曲芸が当局に目をつけられる。経営面でも苦労したり、色々な障壁に案の定ぶつかって仕舞う。
●辺にヒネった所のない、分かり易い映画。スポーツ映画とか、芸道もののオーソドクスな筋書きを、殆ど其の儘踏襲した様な内容である。普通に面白かった。イランにも豊島園顔負けの遊園地があるって事だけで、既に充分興味を持って見られた。イラン映画は、どれも正統的で落ち着いた撮り方をしてくれているから、安心して見る事が出来る。
●トルコの『私のマーロンとブランド』。トルコの劇団の女優であるおばさんが主人公。彼女にはクルド人の恋人がいる。勿論相手はおじさん。で、彼の方はイラクのクルド地域に住んでいる。要するに、おじさんとおばさんの遠距離恋愛だ。
●ところが米国の侵攻でイラク戦争が始まって仕舞う。彼女の方は気が気でない。何とか彼に連絡を取ろうとするもなかなか電話が繋がらない。色んな伝手を辿って、此のおばさんが国境を越え、イラクの紛争地帯へ自分で踏み入って行くと云う話。前半はトルコに居てなかなか相手の現状を知れないもどかしさを描き、後半は山岳地帯を行くロードムービーになる。
●旅馴れないおばさんが危険地域へ分け入って行くと云う所が珍しい。ただ、クルド地域のロードムービーと云うと、バフマン・ゴバディ監督の『わが故郷の歌』や『半日』などの佳作が既にある。無論『私のマーロンとブランド』はゴバディ作品と些か毛色を異にするが、今更余り目新しくない作りだし、中身もちょいと甘い。悪くはないけれども其れ程優れているとも思わなかった。
●然るに本日、今年の東京国際映画祭各賞の発表があって、此の『私のマーロンとブランド』が最優秀アジア賞を受賞した。「アジアの風」部門の最優秀作と云う評価である。ううむ、そうかあ。私は『私のマーロンとブランド』『少女ライダー』『ビューティフル・クレイジー』『キャラメル』と四作品を見て、中では『ビューティフル・クレイジー』に一番の面白みを感じたけどな。まあ、色んな評価があっていいところだが。
●ちなみにレバノンの『キャラメル』は、美容室で働く五人のお姉さんの生活ぶりを描いた作品。政治問題抜きにしたレバノン映画と云うだけで興味深く見られた。年明けの日本公開が決まっているらしい。
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2008年10月25日 (土)
●オランダ・スペイン合作『ダルフールのために歌え』は良かったなあ。此れは特異なスタイルの映画。道行く人々をリレーする様な形で、人物がどんどん移り変わって行く。広場の大道芸人から始まって、彼の写真を撮った女性、その彼女の鞄をひったくった子供、鞄をを受け取ったバイクの逃走犯、そいつが行き着いた事務所のボス、ボスに命じられたブツの運び屋、運び屋から荷物を受け取った男……と云う具合に、登場人物が次々と変るのだ。肩が触れた所で画面の「主」が入れ替わったり、時にカメラは犬を追ったりもする。
●其の対象が変わるにつれて撮り方も少しずつ変る。勿論町の景観もどんどん変る。バルセロナの街中がロケ地だ。そして写される人々ひとりひとりの小さなドラマが細切れで繋がれて行く。映像は白黒。非常に実験的な要素の強い映画だけれど、難しい所は少しもなく、とても粋で楽しい。
●きっと、どこかで人物が循環して、ひと廻りした後で元に戻るのだろうと云う、其の程度の予想は立てていた。然し、最後の最後で、あんな思いがけない感動が待っているとは思わなかった。さりげないけれど、美しく、楽しく、最後に泣かせてくれる映画だった。
●其の個性、作り手の計算、画面の美しさ、感動。申し分ない良作。それに、題名からも分かる通り、此れはスーダンのダルフール紛争への抗議も籠められた映画。政治的告発作品でもあるのだが、表面上、声高な主張は殆ど浮かんで来ていない。そうした観点抜きにして、ただ楽しく見られる映画にもなっている。ダルフール問題を知らない人でも感動出来る作りになっている所が立派だ。「現状」を踏まえた、今日的な映画であると共に、普遍性も得ていると云ってよいのではないか。ともあれ、心からヨカッタと云える一作。
●『8月のランチ』。こちらは伊太利映画で、ジャンニ・ディ・グレゴリオと云うおじさん俳優が、主演と監督を兼任している。此れ又快作。
●年取った母と二人暮らしの初老の男が主人公。部屋の大家に懇請され、大家の母を二日だけ預かる事になって仕舞った彼。ところが大家の伯母も一緒に押し付けられる。其の上、成り行きで、かかり医者の母までをも引き受ける羽目になって仕舞う。いきなり三人の老女が家に転がり込んで来ると云う状況。そして孰れも、介護を要する程の高齢者。自分の母も合わせ、四人の面倒を見なければならない男の混乱ぶりを捉えた作品。
●笑い所数多く、実に面白かった。其れと云うのも、おばあちゃんたちの手の付けられない気まま放題によるもの。でも、高齢者介護を経験した者には誰にでも身に憶えがある様なエピソードが重ねられているので、笑うに笑えない状況な訳でもある。つまりは此の映画、老人介護問題を扱った、実は大変シリアスな内容なのだが、其の深刻さを少しも表に出さず、軽い感じのコメディに転化している所が秀逸なのだ。
●おばあちゃん四人の演技が凄い。どんなベテラン女優なのかと思ったら、監督によると全員素人との事。其れも、上から九十三歳、九十歳、八十七歳、八十五歳と云う事だから驚いた。「撮影初日に、この人達に演技指導するのは不可能と知った」と云って笑わせた監督だが、それなのにアレだけの「名演技」、作品としても、何ら違和感を感じない、立派な出来のに仕立ててあるのだから二重の驚きである。更に自分で主演もしてるし。
●『ダルフールのために歌え』と『8月のランチ』、どちらも非常に良かった。今回の東京サクラ・グランプリの本命と対抗として私は挙げたい。発表は明日だが、果たしてどうかな。此の他にイラン映画『ハムーンとダーリャ』も観て、私はグランプリ出品部門全十五作のうち七作を観賞した。自分が観た七作の中から選ばれるとしたら、上の二本のどちらかしかないと思っている。
●『8月のランチ』のグレゴリオ監督には、監督賞若しくは男優賞のどちらかを挙げたいけれど、どうだろう。男優賞には『超強台風』のモーレツ市長を演じたウー・ガン氏でもいいな。
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2008年10月24日 (金)
●東京国際映画祭では、映画の上映前に協賛会社のCMが流れる。中にファンケルのCMがあるのだけれど、其れに出て来る女の人が彩乃かなみさんに見えてならない。間違いなかろうと思うが、ほんの四五秒の事、声もないから断定は出来ない。ネットで調べてもよく分からない。かなみさんとは違うのか。テレビでは流れてないのか知ら。
●木下工務店のコマーシャルでは檀れいさんが東南アジアで植樹をしている。ナレーション入り。檀ちゃん頑張ってるなあ。其のお姿を見る事が、退屈なCMの時間の幾許かの愉しみになっているのであった。尤も同じ回数だけ、ブルース・リーの物真似をする香川照之なんかも見なくちゃならない訳だが。
●今回、東京国際映画祭では、宝塚歌劇雪組のショー『ソロモンの指輪』の上映がある。今まさに東京宝塚劇場で上演されている作品で、然も僅か三十分のショー。此れを映画館でやってどうなのかと思ったが、一応見られるスケジュールだったので本日観て来た。イラン映画『ハムーンとダーリャ』を観、すぐに隣のスクリーンへ移って七分後に『ソロモンの指輪』。忙しいハシゴではある。
●今迄でも、サヨナラショー付の公演など、映画館を借りての中継上映がありはしたけれど、実は今回の『ソロモンの指輪』は全く違った。舞台の実況ではない、完全に映画館向けに作られた独自の映像。開巻に「TAKARADUKA REVIEW CINEMA」と出る通り、「映画」としての作りだったのが嬉しい驚きだ。
●当然、舞台其の儘を映す以上の、映像的な演出が加えられている。オーバーラップやパンニングが多用されているし、光学処理もされているし、何より普段のDVDなんかとは違う角度、位置からの撮影がなされていて、絵的に非常に新鮮だ。そして撮影は、此れが舞台作品である事を極力分からせない様に努めて撮っている。
●何より滅多に足許が映らない。銀橋そのものも殆ど見えず、セリなども当然写さない様に撮ってある。アップやバストショットが多い。其れに拠って、舞台作品を見ていると云う意識を離れ、宝塚作品を見ていると云う認識すら忘れ、私は何だか夢幻的な不思議な特異な時空に取り込まれている感じにさえなった。効果満点だったと云う事だろう。こんなに綺麗でかっこいい世界が見られるとは思っていなかった。予想を遥かに越えて良かった。
●撮影は、どうやら此の「映画」用に撮ったものと思われる。実際の公演だと撮りようがない角度から撮られていたりしたから。当然、観客の拍手なども入らないが、全く寂しさはない。大写しであり乍ら演者の汗が見えないのも良かった。
●ただ、カットが総て短かったが気にはなった。場面により、又曲調により、少し長めのカットがあって良い。其の方が、急速なカットバックの効果が高められるだろうし、第一余り目まぐるしいと、視覚が疲労する。今回は短時間の作品だったからいいけれど、もう少し長尺の作品を手掛ける事にも此れからなるだろう。経験値を積んで、其の辺の対応も是非お願いしたいところだ。
●今日は大雨だったし、そんなに客が入る事もあるまいと踏んでいたのだが、結構入りが良かったのは意外であった。映画を観に来たお客さんが時間つぶしに来たのかと思ったのだが、客層は結構宝塚ファンっぽい方が多い。映画祭と宝塚と、両方に行きまくっている私には、大体其の見分けがついてしまうのだ。
●私が当日券を買って見たのは四時十分の回であったが、其の後の、五時四十五分の回は、早々とチケットが売り切れていたらしい。何故だと思ったら、今日は金曜日。東宝の公演を見終わったお客さんが、出待ちを終えてからこちらにも繰り出して来るに違いなかった。夕方には雨が上がったから良かったろう。生の舞台をさんざん見ている人にも満足出来る「映画」になっていたと私は感じたが、いかがであった事か。
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●『オーシャン』は、露西亜の監督がキューバで撮った青春映画。海辺の町の青年が都会へ出、ボクサーとして成功しかけるが、田舎の昔の彼女とヨリを戻そうとして失敗、他にも色々あって結局故郷へ戻って来る、と云った感じの話。田舎の肝っ玉母さんとか、丹下段平みたいなボクシングのトレーナーが出て来るとか、どちらかと云うと結構ありがちな設定。そんなに面白い訳ではなかった。
●手持ちカメラが矢鱈動き回るのも好きではない。ロシア・キューバ合作と云う点が、今の世界の映画情勢の上で一つ意味を持つ事なのかも知れないし、映画祭開催の立場から、こうした地域の映画を一点入れおきたかったのだろうとも思われるが、まあ並の感じの映画でした。キューバの音楽は良かった。
●『プラネット・カルロス』は、今度は独逸の監督がニカラグアで撮った映画。ニカラグアの低層家庭の少年カルロス。彼はヒガントーナと云う舞踏劇団を仲間達と共に作り、街角で興行を打ってお金を稼ごうとする。が、そう上手くはいかない。子供たちが労働力として期待され、其れに応えるべく子供たちが動く、それも劇団を組織すると云う点になかなかの面白みがある。
●ただ、ドキュメンタリーに近い感じで撮られた所為もあって、山場がなく、話としては少しも盛り上がらない。カルロス少年が、女の子に声をかけて仲間に入って貰う件りあたりに、思春期前の少年の微妙な心の反映が見られて、そこは悪くはなかった。然し此の一作も、独逸の若手監督が、監督第一作として遠い異国で撮ったと云う点にこそ意味がある映画なのだろうと思う。そんな「冒険」を許すプロデューサーがいる事自体は望ましい事だ。ところでニカラグアってどこだっけ。
●台湾映画『ビューティフル・クレイジー』は、とても新鮮な感覚の映画。三人の女の子が主人公。ミニスカ女子高生の、同性愛一歩手前の友達付き合いを描く。って其の点だけで、或る種の或る程度の成功は保証された様なものですわな。彼女たちの若さ可愛さを存分に見せつけてくれる。其れだけで一応充分とも云える、アイドル映画的な作品。なのだけれど、なかなかに凝った技法で撮られていて、雰囲気の出し方が非常にいい。まことに魅力的な新感覚の映画だった。
●時間軸を自由に操り、過去と現在が交錯するのみならず、フラッシュバックならぬ「フラッシュフューチャー」的な編集も屢々試みられている。色を抜いたり、白黒にしたりと、可成りの工夫あり。「夢や記憶は色も順序も必ずしも一定でない」と云う事からこうした手法が採られたとのこと。此の映画では其れが成功している。感心させられた。映画の雰囲気は日本の岩井俊二作品に近いと感じた。映像感覚は大林作品にも少し似るかな。
●一応、女の子達の父親とか、男友達とかも出て来はするけれど、結局は女の子同士の親密な触れ合いを見せる事が主眼とされた映画だ。此れは又見直してみたい一作。監督はリー・チーイェンって人。
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2008年10月23日 (木)
●第21回東京国際映画祭で観た映画。フォン・シャオニン監督の『超強台風』。風力18の強烈な台風「藍鯨」が中国東南部の海沿いの都市を襲うと云う内容の、中国発の災害パニック映画。
●あくまでも娯楽映画としての作り。主人公が市長なのだが、避難命令の決断に当っての毅然とした態度とか、危機の現場での縦横無尽の活躍とか、其のいちいちに見栄を切る様な感じがあって、兎に角此のスーパー市長の活躍が凄いのだ。
●肝腎の特撮は、往年の東宝特撮映画に通じる手作り感がとてもいい。CGを控えている姿勢が今時嬉しい。暴風雨は可成り迫力があった。『崖の上のポニョ』といい勝負だぞ。ポニョは嫌いだけど、こっちの映画は結構好きと、違いはある。
●風や高波で壊される家々などは、ミニチュアである事が丸分かりだ。でも其れも味があってなかなか宜しい。映画のところどころに、事大的過ぎて失笑を呼びかねない場面がある。今日び日本映画であんな場面があると、アナクロ風味のギャグとしか捉えられかねなかったりする場面達だ。大仰で、どこか間の抜けたシーンだったりするのだが、どうやらそれも、決して狙ったと云う訳ではなさそう。サメが出て来たり、竜巻で犬が飛んだりするシーンは、明らかに先行するパニック映画の幾つかを思い出させる。所謂オマージュ的に挿入しているのかと思ったら、上映後の監督の言葉に依れば、そんなつもりはなかったらしいのである。ううむ、その発言からしても、計算して「抜けた」映画にしているのかと思ったら、どうやらコレ天然らしいぞ。
●此の映画を最も正当に評価出来るのは、恐らく日本なのではなかろうか。手作り特撮に関しては最も長じた国であろうし。其の意味で此の作品が東京国際映画祭に出されたのは正しかったろうとは思う。どんな風に評価が下されるだろう。其れにしても、こいつをコンペティション部門の候補としてよくも選んで来たものです、谷田部プログラミング・ディレクター。
●一昨年グランプリを撮った『OSS117 カイロ、スパイの巣窟』もお間抜けなコメディだったが、あれは実際には結構緻密に計算された作り。でも今度の『超強台風』は天然だ。間違ってグランプリ獲るような事があったら、それはそれで凄い。
●戸浦六宏と宇津井健を合わせた様な市長役の役者さんはなかなかかっこよかったぞ。あと、港で頑張っていた髭の沖仲仕は、ちょっと山形勲っぽかったね。
●ポーランドのイェージー・スコリモフスキー監督『アンナと過ごした4日間』は、中年ストーカー男の映画。向いに見える看護婦アンナの家を毎晩覗き見する男。彼は彼女の部屋の薬瓶の中身を睡眠薬に擦り買える事に成功、相手がぐっすり眠り込んだ夜中を見計らって彼女の家に潜入するようになる。寝ている彼女の側でひと時を過ごし、其れで満足する彼である。四日間其れが続く。
●谷崎的、川端的、乱歩的な感じも受ける映画。結構日本的な感性が伺える作品と思っていたら、監督は、日本で起きた似た様な事件の記事を新聞で読み、そこから此の映画の着想を得たのだとか。スコリモフスキー監督、質疑応答の時の話し振りからしてもなかなかの曲者っぽい印象を受ける。相手を煙に巻く様な言い回しを結構する方だ。外見からしてみても、何だかサッカーのオシム監督を想起させる。東欧の「監督」って、皆あんななのか?
●アンナの部屋に忍び込んだ中年男が何をするかと云うと、秘かに皿洗いをしたり、ペディキュアを塗ったり、時計を直したり。何となく「夏泥」あたりの、落語にもありそうな話だなあ。やっぱり日本的だわ、此の映画。
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●そんな次第で、東京国際映画祭、観てはいるのだけれど、いつも夜遅く帰って来て、入浴したら疲れて寝るだけなので、感想を禄に書けずにいる。後ほど纏めて。
●一応、本日までに観た映画。
□ 『超強台風』 中国
□ 『火女'82』 韓国
□ 『アンナと過ごした4日間』 ポーランド
□ 『オーシャン』 ロシア・キューバ
□ 『キャラメル』 フランス・レバノン
□ 『外出禁止令』 パレスチナ・イスラエル・仏独蘭
□ 『ビューティフル・クレイジー』 台湾
□ 『私のマーロンとブランド』 トルコ
□ 『プラネット・カルロス』 ドイツ・ニカラグア
□ 『シルビアのいる街で』 スペイン・フランス
□ 『パルケ・ヴィア』 メキシコ
●寝不足だった所為で、『外出禁止令』の初めの方とラストで、二三分ずつ眠って仕舞った。うとうとしている間に映画が終っていた。又、間に合うかどうか微妙だった『ライラの誕生日』。こちらは全然間に合う事が出来ず、結局鑑賞を見送ってしまったし。どうもラシード・マシャラーウィ監督とは縁がないものらしい。
●観た中で面白かったのは、台湾映画と、西仏合作映画、メキシコ映画の三本かな。然し其の何れをも差し置いて、金綺泳監督の『火女'82』が凄かったのであった。
●取り敢えず、私が映画の感想を書くのはもうちょっと先になりそうだ。<<ちょっと探して見ると、似た様な立場の方がいらっしゃるなあ。>><<まあ、他の方の感想を読むのもこれからの楽しみの一つでではある。>><<それにしても、一日五本観て、其の日のうちに感想を書ける方、尊敬してしまいますわ。>>
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2008年10月17日 (金)
●愈よ第21回東京国際映画祭の開幕だ。勿論行きますぜぇ。映画祭の日程に合わせて、前後に色々予定をずらしたりしたから、今月は忙しい。今迄であんまり遊ばずに来た。映画も一度しか観ていない。大阪へ宝塚を観に行くのも日帰りだった。で、此れから一週間で、十数本の映画を観るのだ。
●兎に角、前宣伝の殆どされていない映画ばかりを観る事になる。世界初上映の作品もある。著名な監督の映画も勿論含まれているけれど、無名作家の作品の方が多い。よく知らない国や地域の映画も結構ある。既に日本公開が決まっている映画がない事もないが、そう云うのを観るのは後回しだ。此の機会を逃すと二度と出会えないような映画を優先したい。どんな「アタリ」が含まれているか、非常に楽しみな今現在である。其のアタリを上手く引き当てて、観賞出来るかどうかが先ず問題ではあるのだが。
●取り敢えず、時刻表のアリバイトリックを考える様な心持ちで、あれやこれやと何度も案を練り直し、観るべき映画を決定して、既に十数枚のチケットは購入済みだ。今後は気力体力と感受性とでどっぷりと世界の映画に浸る事になる。途中で一回だけ花組の青年館公演に行くけどね。
●キム・ギヨン監督の特集上映は『火女'82』『水女』『自由処女』の三本を観る。一番の傑作と云われている『下女』を観られないのは残念だが、私のダイヤグラムには組み込めなかった。仕方が無い。其の前に、届いたDVD−BOXを観ておきたかったのだが、結局観ないうちに映画祭が始まってしまった。
●パレスチナのラシード・マシャラーウィ監督の小特集、此れはデビュー作の『外出禁止令』と、新作の『ライラの誕生日』を観る予定。但し後者は時間に間に合うかどうか。遅刻するようなら見送りだな。どんな映画を撮る人なのか、興味津々でいる。
●私が観るのは、大きく分けて三部門。先ずコンペティションで、此れはグランプリを競う気鋭の作品揃い。どんな映画が集まっているのやら。無論全部観て自分なりの最優秀作を決めたい所だが、半分も観られないのが口惜しい。其れから『アジアの風』部門。毎年私を喜ばせてくれている部門だ。中国、台湾、イラン、レバノン、トルコの映画などを観る予定。それにしても韓国映画はチケットが取れんなあ、今年も。もう一つはワールド・シネマと云う部門で、此れは賞には関係なく、世界各地の秀作を持って来て見せてくれる。今年はスイスとスペインとメキシコの作品を観る。
●一番最初に観るのは、中国のパニック映画『超強台風』で、此れが世界初上映だそうである。コンペティションに参加している「賞狙い」の映画なのだが、<<予告編を観る限り、何だかとっても「バカ映画」度が高そうで、もう今からワクワクしてしまいますわな。>>
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2008年10月 9日 (木)
●さあさあ、キム・ギヨンのDVD-BOXが届いたよ。韓国からの輸入版だ。『高麗葬』『蟲女』『肉体約束』『異魚島』の四枚組。英語字幕と日本語字幕入りだ。リージョンフリーだから日本製機材で視聴が可能。
●キム・ギヨンは、十年余り前に突如世界に知られる様になった韓国の怪物監督。韓国内ではずっと前から活躍して来ていたのだが、よその国には殆ど知られていなかった。其れを日本が「発見」し、ベルリン映画祭が特集上映を組み、韓国の若手作家が熱狂し、巴里のシネマテークが特集する様になった。此の十年で俄然世界が注目する様になった監督である。既に故人。
●日本では、小さな開場で何作品かが時折上映されていたが、限定的な上映の機会ばかりだったから、そう多くの人の目に触れた訳ではない。然し去年の東京国際映画祭では『高麗葬』が上映された。此の時観て度肝を抜かれたと云う映画ファンは少なくなかった筈。兎に角物凄くドギツい、狂った映画を撮る人だ。
●近しい者が韓国旅行へ行くと云うので、私もキム・ギヨン作品のDVDがあったら買って来てと、今年の頭あたりに頼んだものだった。でも、其の時点に置いては、どうやら韓国でもDVDは未だ発売されていないらしかった。日本なら、大抵の名作映画はひと揃いDVD化されているのに、あちらはそれほどでもないらしいのだ。其れが、此の夏頃に、四枚組のボックスで初めてのDVD化。此れは買うしかないでしょう。
●で、漸く四作品が私の手許に届いた次第だ。ただ今月は、のんびりDVDを観ている暇がないのだよねえ。そもそもテレビ自体ないし。パソコンで観るしかないか。
●それより、DVD観る前に、今年の東京国際映画祭が始まってしまいそうだ。今年のTIFF、去年の『高麗葬』好評を受けてか、キム・ギヨン作品が一気に七本も上映される。私は『火女'82』『水女』『自由処女』の三本を観る予定である。若しかしたら『陽山道』も観るかも知れない。兎に角今月はキム・ギヨン強化月間になる事間違いない。楽しみ楽しみ。
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2008年10月 7日 (火)
●東京の営団地下鉄には、改札付近に大抵ポケットサイズの路線図が置かれていて、自由に持って行けるのに、大阪市営地下鉄にはそれらしき配布物が無い。財政難なのかけちなのか。
●玉手駅には随分前に一度来て、地上へ出た事がある。そのときは雨の朝だった。但しBOOKOFF玉手駅南口店は此の日初訪問。然るに、此所でも余り買いたい本がない。店内をくまなく探せばあるのかも知れないが、或る程度時間に追われ乍らのブックオフ巡りだから、悠長に書棚を眺めていられない。取り急ぎ買ったのは三冊。
□ 『山の絵本』 尾崎喜八(岩波文庫) 105円
□ 『中世騎士物語』 ブルフィンチ(岩波文庫) 105円
□ 『津山三十人殺し』 筑波昭(新潮OH!文庫) 105円
●『山の絵本』『中世騎士物語』とも、特に読みたい本ではなかったし、珍しい本でもないのだけれど、持っていないと云うだけで購入。ブルフィンチって、きりやんを思い起こさせる名前だな。『津山三十人殺し』は、いつか読もうと思ってい乍ら未読のままだったもの。此の夏、月蝕歌劇団の『津山三十人殺し幻視行』を観、先日、映画『丑三つの村』も観たから、今度は本を読もうと思う。然し、わざわざ遠出してまで買う必要のない本ではあった。
●確か此の玉造駅前店だったと思うけど、新潮文庫の復刊シリーズの一つ、ロレンス『息子と恋人』上中下巻が、可成り綺麗な状態で売られていたのを見た。然し105円ではなく、各巻300円だった。一度は買おうと思ったけれど、此の作品、世界文学全集みたいな全集モノの端本として、古本屋では結構見かける。買う気になれば何時でも安く買える本だと思ったから、結局買わず。同じく新潮復刊シリーズでアンドレ・マルロー『王道』もあったが、此れは既に持っているので勿論見送り。持ってるだけでまだ読んでないけど。
●余り芳しい収穫がないまま店を出る。午後一時過ぎ。四つ橋線で戻り乍ら、大阪弁天町店に行った事がないので弁天町を目指す事に決める。ところが、長堀鶴見緑地線で乗換えとばかり思っていたら、弁天町は中央線の駅だった。乗換え駅をひと駅間違え。路線図のうろ憶えである。仕方ないので、弁天町はさっさと諦め、間違えついでに長堀鶴見緑地線で玉造駅前店を目指す事にする。
●玉造も行った事のある土地だが、ブックオフには立ち寄った記憶がない。従って初訪問だ。此所へ来るのも別に悪くないだろう。ま、我ながら乗り換えを間違え過ぎだが、それが一人旅のいい所で、誰も非難する者がいない。柔軟な対応がいくらでも可能である。女性なんかと一緒だとこうは行かないからな。不平の二つ三つ言われて、仲違いになる事必至である。
●玉造駅前店は余り広くない。従って本の量も其れ程多くない。此所でも買うモノに迷う。以下の二冊のみ購入。
□ 『ラスト・タイクーン』 フィッツジェラルド(角川文庫) 300円
□ 『縛られたプロメーテウス』 アイスキュロス(岩波文庫) 105円
●フィッツジェラルドは、宝塚で『THE LAST PARTY』を観て以来、読まねばならないと思い続けていた作家である。『グレート・ギャツビー』は、先日の月組の舞台を観る前に読んだ。遺作『ラスト・タイクーン』他は、現在文庫で出ていないから、なかなか読む機会を得られなかった。村上春樹が最近フィッツジェラルドを結構訳しているけれど、村上春樹の文章は私には全く合わない。ちっとも読む気になれない。
●然るに『ラスト・タイクーン』は角川文庫から一時期出版されていた。此所で私が買ったのは角川文庫リバイバル・コレクションとしての一冊。大貫三郎訳のものである。
●『縛られたプロメーテウス』は解説目的で買った。ちくま文庫の『ギリシア悲劇 1』で既に読んでいる作品である。ギリシア悲劇の三大悲劇詩人のうち、私は最も早くに活躍したアイスキュロスが一番好みだ。何十年か遅れて出たソフォクレス、エウリピデスの芝居は、後から出来ただけあって劇的効果が高められ、面白みも上がっているけれど、アイスキュロス作品のしつこい位の情念の焰、駄目押しに押す嘆きの表現は私には一番魅力的にうつる。我が国の能に近い感じもある。『縛られたプロメーテウス』は、其のアイスキュロスの中でも最も古いほうの作品。岩に縛り付けられた儘のプロメーテウスの、延々と続く嘆き節と怒り、そして巨岩が一気に崩壊するラストのクライマックス。此れは黛敏郎にオペラ化して貰いたかった。
●時間が二時を過ぎて、そろそろ急がなくてはならない。環状線に乗って隣の鶴橋駅へ。此所は駅ビルにBOOKOFFがある。と云うか、駅コンコースにブックオフが直接していて、ブックオフ入り口に改札機があるのである。改札機に切符を入れて店内に入る。何とも奇妙な感じだ。此の店舗も初訪問。
●此所では講談社文芸文庫の幸田文が五冊見つかった。講談社文芸文庫は、なかなか通な作品が揃っている。読みたくなる作品が多い。但し高いのが困る文庫である。文庫のくせに、平気で千円くらいする。今月出た川村二郎の本なんて、文庫の分際で一冊千七百円もするぞ。怪しからん。それだけに、仮令半額でも、見つけたら購入を考えたい文庫ではある。
●此の文庫で幸田文五冊が揃っているのは、ブックオフでは珍しい。然し流石に105円ではなく、ほぼ半額だ。ううむ、一冊500円くらいするから悩ましい。無論これでもお得は得なのだが。取り敢えず保留して店内を散策。立川談春『赤めだか』が700円で売られているのを見つける。此れなんか買って、帰りの新幹線で読むのはなかなか良さそうに思える。然し、今年大いに売れている本だから、ここで買わずとも、そのうちあちこちで見つけられる様になるだろう。とすると今の所はまだ見送りか。
●結局、幸田文五冊のうち、随筆はハズして、創作小説集二冊だけを買う事に決めたのであった。
□ 『黒い裾』 幸田文(講談社文芸文庫) 500円
□ 『駅/栗いくつ』 幸田文(講談社文芸文庫) 650円
●以上を買い終ったところで時刻は間もなく三時。梅田芸術劇場シアター・ドラマシティの開場が三時半だから、丁度いい時刻である。地下鉄を乗り継いで梅田へ行き、阪急で赤福買ってから小屋へ向ったのであった。今回の大阪BOOKOFF巡り、大収穫ではなかったけれど、まあ楽しめた。此の日、芝居を見てから東京へ帰った後、お誘いを受けて、実は翌日も古本店巡りをしたのであった。我ながら物好きとは思うが、飽きないんだよねえ。兎に角買った方からどんどん消化しなくてはならない。
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2008年10月 4日 (土)
●昨日の大阪行きは宝塚観劇の為で、飽くまでも自分の趣味。誰もお金を出してくれないから完全自前。少しでも安く上げようと、前夜東京発の夜行バスに乗り、朝のうち大阪入り。併しながら、芝居の開演は午後の四時。それまでをどう過ごすか。
●宝塚大劇場で宙組の公演を観られれば問題ないんだけど、この日は金曜で一回公演。梅田の花組と時間がかぶってしまう。ならば天満天神繁盛亭で昼席でもと思うが、此れもトリを聞かずに出てこなくてはならない。仕方がないから古本屋巡りだ。大阪には古本屋が多いけれど、全国チェーンのBOOKOFF巡りが私の趣味の一つ。今回はBOOKOFFのみに絞って訪ね歩く事にする。
●金曜日は、市営地下鉄のノーマイカーフリーチケットが使えるから有難い。600円のフリーパスであって、地下鉄に三回乗ればモトが取れる。此れを使って、BOOKOFFを四軒乃至五軒程度回ろうと考える。
●先ずは未訪問の店舗を訪れようと、御堂筋線終点のなかもずへ。そこから西へ三十分程歩いて、堺陵南店。着いたのが十時半。秋晴れの好天だが、二キロ余り歩いて汗をかいた。早速本を探す訳だが、特に買いたい本を決めて行っている訳ではない。漫然と棚を見て、気に入ったのがあれば買うと云う姿勢である。其れも105円均一のコーナーで買えれば有難い。半額本だと、余程欲しかった本か、珍しい本以外買いたくない。
●然しそうも云っていられないのが現実なのである。目ぼしいものが何一つ見当たらない時もしばしばあって、そう云う時が困る。折角遠出したのだから、何か買わねば勿体無いなどと考えて仕舞う。冷静な時なら買わない様な本を、思わず買って仕舞う事があるからいけない。堺陵南店で早速そうした事態に陥った。どうも気に入った本がない。でも片道三十分、往復一時間も歩いて来るのだから、何か買いたい。初訪問だし、次にいつ来るかも分からない。何か見繕おう。そう思って、漸く選んだのが以下の三冊。
□ 『シェリ』 コレット(岩波文庫) 105円
□ 『フレスコ画への招待』 大野彩(岩波アクティブ新書) 350円
□ 『霞っ子クラブ~娘たちの裁判傍聴記』 (新潮社) 105円
●じっくり読む古典と、教養を身につける為の本と、軽く読み飛ばせる興味本位の本を一点ずつだ。岩波文庫の105円本は、なるべく厚いモノを買いたい。他の文庫も大体そうだが、岩波文庫の価格は、完全に厚さと比例している。従って、全品均一価格であれば、厚いモノほどお得なのである。『フレスコ画への招待』は内容に興味を持った。フレスコ画を見る機会なんて殆どないのだが、知識くらいはあって悪くない。『霞っ子クラブ』は、帰りの新幹線で読み出したのだが、結構文量があって、静岡までで半分しか読めなかった。残りは寝て仕舞ってまだ読んでいない。内容は結構面白い。
●さて同じ道を再び歩いてなかもず駅。一駅だけ戻って、新金岡駅を出た所にある堺新金岡店。此処は一度来たことがある。此処で買ったは三冊。
□ 『英国史(上・下)』 アンドレ・モロワ(新潮文庫) 各105円
□ 『イワン・デニーソヴィッチの一日』 ソルジェニーツィン 105円
●モロワの『英国史』上下巻は、十四年程前の特別復刊企画で選ばれた百点のうちの一つである。この時限りの復刊だったもので、以後版は重ねられていない。だから既に十年以上絶版状態になっているモノだ。同じ機会に復刊された百点には、なかなかおいしい本が含まれている。先日買ったプルニエの『醜女の日記』やモンテルランの『闘牛士』は面白かった。この時のシリーズは、例え値段が半額にしか下がっていなくても、見つけたらなるべく買う様にしている。モノの価値の分かる古本屋さんだと、既にプレミアがついていたりする。だからモロワ『英国史』を105円コーナーで買えたのは嬉しかった。本の角が潰れて状態は良くなかったけれど、全く構わない。この一連の復刊シリーズは、カバーの背が、海外文学の場合は紺、日本文学だと焦げ茶に統一してあるから、比較的探し易い。
●堺新金岡店を出たのが正午頃。御堂筋線で都心方向へ向かう。次は喜連瓜破店を再訪し、それから南巽店の初訪問を果たそうと考えていたのだが、車内でうとうとして、天王寺をうっかり乗り過ごす。喜連瓜破方面への谷町線への乗り換え駅であった。こうなるともう予定も何もない。兎に角行ける店へ行こうとしか考えなくなってしまう。どこでどう乗り継いで、どこへ行こう。然るに、私は大阪市内の全ての店舗を覚えている訳でも、また事前にリストを作って来ている訳でもない。大阪の地図すら持っていない。
●仕方がないから確実にBOOKOFFがあると思われる所を目指そうと思う。大国町で四つ橋線に乗り換えた私は、玉出駅へ向ったのであった。つづく。
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2008年10月 3日 (金)
●花組公演『銀ちゃんの恋』を観る。十二年前の月組は観ていない。映画『蒲田行進曲』は公開当時一度だけ観た。
●「蒲田行進曲」と云えば元々松竹蒲田を歌った流行歌なのに、つか版『蒲田行進曲』は京都東映が舞台。それを宝塚が扱うと。時代背景は昭和四十年前後かな。その割りにのっけからデス・ノートねたなんかが出て来るけど、例によっての石田先生のギャグ調芝居だから、そこは全く構わない。
●開巻アナウンスは大空祐飛でなく倉丘銀四郎としての名乗り。祐飛さんの銀ちゃんは、今までにない俺様キャラなのだけれど、全く違和感を感じない。と云うか、どこまで地が出ているのやら。兎に角これくらいはやるだろうなと、予め想像が出来、其の儘に演じてくれていると云う何の不安もなく見ていられる出来。矢鱈カメラに向かって見栄を切ったりして、其れが大仰だけどかっこよく且つ可笑しく決まる。カメラが捉えた映像、光景の二つのスクリーンに其のまま映し出されると云う趣向。
●然し、極度に漫画的なコミカルな身のこなしも見せてくれて、思いの他器用な祐飛さんの一面に触れた思いもした。
●小夏役野々すみ花、ヤス役華形ひかる、此の二人が大いに良かった。特にみつるヤスは大健闘でしょう。あんな感じのヤスにしてくるのかあ。おたま飛ばしての熱演でした。
●ただ此の日は、初日とあってか、ちょっと客席は硬かった感じ。多めに仕込まれたギャグが完全には受け切れていなかった。まあ寄席なんかでもこう云う日はよくある事だけれど。それに元々此の作品、どちらかと云えば思い切り陳腐の極みを行った人情劇。あれだけ泣けるとは、私には予想外でもありましたよ。
●小道具好きな私としては、又色々と気にかかる部分も多かった。板塀に映画のポスターが貼ってあるのだけれど、第一幕で「新吾十番勝負」のポスターだった所が、第二部だとキンチョールと昭和牛乳の琺瑯看板に変っていたりする。こう云う小さな気の利かせ方が嬉しい。
●ヤスの部屋にある観光地土産の提灯とペナントも見逃せない。提灯は春日大社とか阿蘇とか八甲田山があったな。ペナントは伊勢が二枚に金閣寺に、もう一つは何だったか。それと、第二部になると、ヤスの部屋のテーブルと椅子にぬいぐるみが置かれている様になる。椅子に置かれてあったのは明らかに熊だが、卓上のは何のぬいぐるみだったやら。アライグマっぽく見えたんだけどなあ。違うかな。ラスカルではなかったが。
●オペラグラスで見ていると、一時的に、祐飛さんと真野すがた君と高倉健のスリーショットが見られる。最高のスリーショットだ。又見たい。三週間後の青年館で再見する予定。
●そんなこんなで大変楽しかった芝居。難を云えば、大空、華形、真野、眉月と、主だったところがみんなハスキーっぽい発声の人である事。正直な所、歌を楽しむ作品では全くありませんでしたな。
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