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2008年5月17日 (土)

平井英子満喫

●平井英子さんの魅力にハマってから久しい。平井さんの歌声は昭和六十二年にビクターより発譜されたCD『中山晋平の童謡(VDR-5170)』で聴く事が出来る。全二十三曲中十四曲が平井さんの歌だ。
●平井英子の英子は「ひでこ」ではなく「えいこ」と読む。昭和初期の童謡歌手で、あの甲高く、どこか舌足らずで可愛らしい歌声は、一種猛烈に凶悪で悪魔的で破壊的な印象さえ与える。一度聴いたら虜にならざるを得ない。『中山晋平の童謡』は、かれこれ二十年来、私の愛聴盤となっている。
●さて、フィルムセンターの催し「発掘された日本映画2008」の中に「レコードトーキーの復元」と云う企画があった。日本のトーキー映画は、昭和六年の『マダムと泥棒』が嚆矢とされるが、其れ以前に、市販のSPレコードにフィルムを同調させて楽しむ、家庭用のレコードトーキーと云うものが普及していたそうだ。フィルムにサウンドトラックが焼き込んであるのでなく、レコードをかけ乍らフィルムを映写し、音声付き映像を楽しむものだったらしい。レコードトーキー以外にパテトーキーとかホームトーキーとも呼ばれていたらしい。
●世田谷区の飯田さんて方のお宅に其のフィルムとレコードが残っており、此の度其の寄贈を受けたフィルムセンターが35mmに復元して今回上映するに到ったと云う。SPレコードに同調させるフィルムであるから、上映時間は至って短い。大体三分から四分といったところ。其れより長い作品は、恐らくレコードを裏面にかけ替えたり、何枚ものレコードに跨がった作品であったりしたのだろう。今回、十六作品が上映された。其れを観て来た。
●先ずは大正十四年の『月形半平太』。此れが最大の長編で、十四分の作品である。衣笠貞之助監督。澤田正二郎が半平太を演じている。レコードによる活弁が入り、音楽が流れる。但し途中で映像と音声が全く合わなくなる。然し全体の尺は一致している。と云う事は、レコードとフィルムと、両方が、実はもっと長尺であった可能性が高いのではあるまいか。そうした映像と音声の不一致もあり、はっきり云って満足に話を堪能する訳にはいかなかったが、映像美などに見る所はあった。
●『東京行進曲』は昭和四年の作品。♪昔恋しい銀座の柳、の大ヒット曲に合わせて、東京各所の風景が映し出される。銀座、東京駅、浅草、新宿等、ちょっとずつではあるけれど、興味深い映像だ。『黒ニャゴ』は大藤信郎監督のアニメとなっている。何だか田河水泡の絵の様なアニメで、黒猫がかわいい。日本のアニメは、長編だと『海の神兵』とか『くもとちゅうりっぷ』の時代まで下る様だが、大正時代からの歴史がある。レコードトーキーのフィルムも、童謡の場合だとアニメ作品が多い。
●『證城寺の狸囃子』が矢張りアニメだ。そしてコレが、平井英子さんの歌に絵を合わせたものなのであった。今回の上映、フィルムセンターの事前のプログラムには平井のひの字も書かれていなかった。だから、一曲を除いて、実はさしたる心構えもなしに私は観賞に臨んだのであった。『證城寺の狸囃子』、一体どんな作品なのかと思っていたのであった。然るに平井英子の童謡に動画を付した作品と来た。『證城寺の狸囃子』は、中山晋平作曲平井英子歌の当時の大ヒット曲。「レコードトーキー」である事と合わせてみれば、考えれば当然の事なのかも知れなかった。
●俄然嬉しくなったところで、此の後平井英子作品の釣瓶打ちが始まり、猶の事私を狂喜させるのであった。昭和五年の『子馬』がそう。続く同年の『江戸子守歌』と『神田小唄』は、夫々関屋敏子、二村定一の歌であったが、岡田嘉子が出ている。『神田小唄』はニコライ堂とか神保町の街並とか明治大学とかが写されて、此れ又興見深いフィルムであった。
●そして『文部省唱歌 汽車』『マリチャンノエホン』『村祭』と、平井英子歌唱作品が続く。どれも魅力溢れる歌であり映像だ。『文部省唱歌 汽車』は、東海道を走るSLの車窓風景がふんだんに楽しめる。「D50236」とかの車体も写っていたな。以上三曲とも昭和五年の作品。
●『國歌 君が代』は合唱曲。君が代が三回歌われる。此れは大藤信郎作品で、影絵アニメの仕立て。天地開闢と天岩戸と神武東征の場面が映し出された。
●『鼠の留守番』はどう云う作品か忘れて了った。此れも動画であった事は間違いない。大石郁雄監督作品で、昭和六年製作。『おもちゃの汽車』は西倉喜代次監督。此れ又平井英子さんの歌。此れは本居長世作曲だから、当然CD『中山晋平の童謡』には収録されていない。従って私にとっては初めて聴く作品だ。嬉しい。此れもアニメ。きかんしゃトーマスみたいなおもちゃの汽車が走る、二分ほどの小品。『大きくなるよ』も平井さんの歌。此の歌に付けられた映像は特殊で、今回フィルムを寄贈した飯田雅三さんの父上が、まだ赤ちゃんだった雅三氏を写した、謂わばホームムービーなのであった。上映後、会場にいらしていた飯田さんに向けて拍手が起こった。此の『大きくなるよ』も初めて聴く平井英子さんの歌であった。
●さて次が私にとっての目玉『茶目子の一日』だ。此の曲は、平井英子作品の中で唯一シングルCDとして出されていた曲だ。勿論私も買っている。此の『茶目子の一日』、昭和歌謡史に残る大作であり、天下の奇曲、怪曲であり、勿論平井英子さんの代表作だ。反復なしで、変転し乍ら流れる様に続くリズムとメロディー、其の耳心地の奇妙な快さと、描き出される茶目ちゃんの生活風景、平井さんのあの強烈な唄声に加え、高井ルビーのお母様、そして浅草オペラの二村定一演じる学校の先生。唐突に終るラストと云い、昭和五年にして何ともアヴァンギャルドな傑作。此れを映像付で、しかもフィルムセンターの銀幕で見られるとあっては、足を運ばない訳にはいかないでしょう。
●而も此の『茶目子の一日』、発売されているシングルCDには、カットされている部分があるだ。即ち、茶目ちゃんが学校の読本の時間に「釜盗人」を読むにあたり「いざり」と云う言葉が出て来る。此れが差別用語であると云う理由で、今や我々は其の部分を聴けなくなっているのである。今回のフィルムセンターの上映では、其処がノーカットで聴ける可能性があった。となると平井英子ファンとして尚更放ってはおけない。で、実際私は、期待通りに此所で完全版を視聴する事が出来たのであった。短小な場面であるが、都合三回出て来る「いざり」をしっかり確認して来たぞ。其れだけでもう大満足。それにしても、やっぱりいいなあ『茶目子の一日』。
<<猶『茶目子の一日』は今こうして見る事が出来ます>>。さあ、皆も茶目ちゃんファンになって、ライオン歯磨きで歯を磨こう!但しココでも当然「いざり」の部分は切除されております。
●最後に昭和七年、大石郁雄監督作品『分福茶釜』があって、おしまい。此れも平井さんの唄だった。ともあれ以上の十六作品を堪能。充実した上映であったなあ。
●平井英子さん、今でもご健在でいらっしゃる筈。九十歳くらいなのかな。ビクターさんには、全集CDとか是非出して欲しいところです。平成の子供たちも平井英子サンの唄声で育てませう。

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