« 豪快な赤軍合唱団 | トップページ | 『戦争と平和』読破計画 »

2005年10月11日 (火)

「に」抜きの六甲颪

●藍川由美さんの最新CD『古関裕而作品集「栄冠は君に輝く」』を聴く。
●藍川さんは、林光、橋本国彦、伊福部昭といった純音楽作曲家の声楽曲も盛んに歌う一方、昭和以降の大衆歌謡にも目を向け、消費材として扱われがちだった流行歌を純粋な歌曲として再評価、考証の俎上に乗せ作曲者の創作意図等丁寧に辿った上で、リサイタル等で歌い続けられているソプラノ歌手だ。中山晋平の童謡を歌い、古賀メロディーを歌い、木下忠司を歌い、テレビラジオから生まれた流行歌も取り上げる。「港の見える丘」を歌えば「ゲゲゲの鬼太郎」も歌う。木下作品では「ああ人生に涙あり」も「ぼくはカリメロ」も歌唱の対象となる。
●音楽博士だけあって、歌に対する取り組みは至極学究的、考証的、分析的。原典重視の立場を貫く。流行歌の不幸な宿命に、粗雑に編曲されたり、歌い手のクセに因り誤った節で人口に介炙して了ったり、と云った点がある。不正な形態で流布された不幸な歌を、元通りの姿で歌い直そうと云うのが藍川さんの姿勢だ。と共に、埋もれた儘になっている歌曲の掘り出しにも力を注がれている。
●藍川さんが特に熱心に取り組んでいるのが古関裕而作品である。過去既に二枚の古関裕而作品集をCDで出している。一枚は、戦時歌謡、軍歌を中心とした歌曲集で「若鷲の歌」「暁に祈る」「海を行く歌」等が歌われている。戦後の音楽業界、放送業界が抹殺しかけて来た作品の数々を洗い直し、再評価の光を当てた、まことに立派な仕事である。「♪いざ来いニミッツ、マッカーサー、出て来りゃ地獄へ逆落し」なんて歌が真面目に歌われる。もう一枚は戦前から戦後の大衆向け歌謡、所謂流行歌を取り上げた物。「船頭可愛や」「鐘の鳴る丘」「君の名は」から「モスラの歌」までが収録されている。どちらのCDも私の愛聴盤だ。
●今回の新譜は、過去二枚との重複曲もあるものの、其の後の古関研究の成果を踏まえ、未発表曲、未音盤化曲が多数収められているのが特徴だ。「垣の壊れ」「旅役者」「木賊狩り」と云った、職業作曲家になるかならぬか頃の作品を聴けるのが嬉しい。云う迄もなく、作曲者没後間もなくコロムビアから出た全集CDにも収録されていない曲である。
●アルバムの題名にもなっている「栄冠は君に輝く」も今回始めて入った曲。早稲田の「紺碧の空」や慶応の「我ぞ覇者」が収載されているのも嬉しい。
●興味深いのは「大阪タイガースの歌」で、此れが三通り取り上げられている。現在歌われている「六甲颪」であって、今のは「阪神タイガースの歌」であるが、其の前は当然「大阪タイガース」であった。然し藍川さんは更に遡って探索し、初稿バージョンの「大阪タイガースの歌」まで此処で歌っている。此れは歌詞が「♪六甲颪、颯爽と、明け行くホームグラウンドに」と続くもので、今歌われているのとは違う。「六甲颪に颯爽と」の「に」が無い。こうした名曲の知られざる原型までをしっかりと捉え、発表し音盤に残すのは大いに意義ある事だ。古関ファンならずとも感謝しなくてはならない。
●なおジャイアンツの応援歌「闘魂込めて」も収録されているが、興味深いのは初代の応援歌「巨人軍の歌」だ。非常に清新な感じのすがすがしい曲。こんな曲もあったのだなあ。まだまだ未発表の古関作品はあると思われる。藍川さんの今後の成果にも期待を抱かざるを得ない。

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/4682/6358735

この記事へのトラックバック一覧です: 「に」抜きの六甲颪:

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)