2009年7月 3日 (金)

六月に観た映画

●スロヴァキアのマルティン・レプカ監督作品『コウノトリの帰還』。夫と別れ祖母の住む田舎の山村へやって来た女主人公。村の人々と交流し、中でもワケアリそうな青年と親しくなる。此の村は東欧数カ国と国境を接する位置にあり、不法入国者の侵入経路としてしばしば使われる。祖母や青年は、其の不法入国幇助を半ば生業としている。其れを手助けする事になる主人公。亡命の問題に加え、恋愛映画の要素もあり、多少のスリルもある。何より緑豊かな村の景色。撮影が素晴らしい。コウノトリの飛翔を捉えたシーンも美しかった。
●ドイツ映画『耳のないウサギ』は、俳優ティル・シュヴァイガーの監督兼主演作。ゴシップ紙の記者が、社会奉仕として幼稚園での労働を命じられる。そこにいた女先生は、子供の頃彼がさんざんからかいの対象としていた女性。再会し、反発し合う二人が、いつしか恋に落ちて行くと云う話。此れはなかなか面白い艶笑コメディー。相当に下品な単語が飛び交ったりするんだけど、結構楽しめた。ラスト、タクシー運転手への復讐のいたずらは最高だったな。
●フィンランド映画『氷の仮面舞踏会』。ペトリ・コトヴィカ監督。夫が若い女と不倫しているらしい。其の相手を突き止めた中年の奥さん、正体を偽って相手の娘に接近。睡眠薬で眠らせ、気づかれぬうちに相手を堕胎させてしまおうとする。其の相手が韓国武道の女講師と云う点がなかなか変っていたな。出来はまあまあ。
●英国の『ジョジーの修理工場』はレナド・エイブラハムソン監督の映画。ガソリンスタンドを兼ねた田舎の自動車修理工場で働く中年男ジョジー。人はいいがちょっと頭が弱い。誠実に仕事をこなしてはいる。其の彼の実直此の上ない働きぶり。高校生のアルバイト少年が職場に来る。少しずつ会話を交わす様になる。ところがひょんな事で、ジョジーは警察の取り調べを受ける事になる。悪気もなくした事で、職を奪われそうになるジョジー、遂に或る方策を採る。ほのぼのとした展開が、悲劇的な終結に結びつく映画。傑作と云う程ではないけれど、ちょっと忘れ難い所のある映画だった。
●ラトビアの『バトル・オブ・リガ』は同国で史上最高のヒットとなった作品らしい。戦争大作。第一次世界大戦時、策謀によりラトビア侵略を企てるドイツ。其れを察知した大統領。首都リガで川を挟んでラトビア軍はドイツと対峙。が、何せ急ごしらえの市民軍。相手は圧倒的な兵力。そこを、隙をついて攻撃、見事に敵を蹴散らす。見事祖国防衛に成功、万歳万歳ラトビア万歳と云う、要するに国威高揚映画であった。そこそこ迫力のある戦闘シーン。でも映画の出来は並み。アイガース・グラウバ監督。
●ブルガリアの『ラプソディ・イン・ホワイト』。テディ・モスコフ監督。舞台の喜劇女優が職を転々とする話。ストーリーのある内容ではなくて、寸劇のつぎはぎみたいな映画。此れはちょっと退屈した。以上六本はフィルムセンターのEUフィルムデーズと云う企画で観る。心打たれる作品には出会えなくて些か残念ではあった。
●川島雄三の『しとやかな獣』観る。傑作。金の亡者の様なアパート住いの一家。なりふり構わず金をせしめ捲る。殆どワンシーンのみで出来た映画。脚本の妙、撮影の妙。役者は伊藤雄之助と山岡久乃がいいなあ。同じく川島雄三で『幕末太陽伝』。云う迄でもない有名作。勿論いいんだけど、川島雄三だと『しとやかな獣』や『青べか物語』の方が好き。
●『劔岳 点の記』。木村威夫初監督作品。山岳映画の佳作。流石にカメラマン出身の監督だけあって、映像は立派なもの。あのロケーションであの撮影を実現したと云うだけで充分な見応えが生まれている。脚本はもうひと工夫あってよかったし、編集もいま一つフィルムを切る度胸が足りていない気がしたけれど、観て損のない映画だった。浅野忠信、仲村トオル好演。
●ダーレン・アロノフスキー監督の『レスラー』。老残のプロレスラーと場末の店のストリップおばさん、二人の侘しい人生が泣かせる。『カリフォルニア・ドールズ』と並ぶレスリング映画の傑作。ミッキー・ロークは別にどうでもよかったんだけど、マリサ・トメイの大胆さと美しさにはびっくりしました。去年『その土曜日、7時58分』でもフィリップ・シーモア・ホフマンと激しいシーンやってた筈なんだけど、そっちは全然覚えてないや。
●『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』。庵野秀明総監督。どうせ又適当にお茶を濁しているんだろうと高を括っていたら、余りに出来がよくてびっくり。テレビ放映時に毎週味わったと同様の興奮を、十四年後にして再び味わわせてくれた事に感激だ。圧倒的なテンションの高さ、煽り上手の健在ぶりが嬉しい。色々あった内容の、省く所はさくっと省いた上で、新キャラ、新展開ときた。例によって小賢しいギミックを新たに仕込み捲った上、前作『序』で見られた陳腐な表現手法、間の悪さが消えているところは殊に宜しい。本気で作り直しているのだなあ。きっと作り手の世代交替もいい具合に進んでいるのだろう。兎に角見終って、此れ程すぐ様再見したくなる映画も暫くなかった気がする。「ネブカドネザルの鍵」か。「ぽかぽかする」か。エヴァ映画版四作目にして初の傑作。

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2009年6月26日 (金)

半月怠けた

●何も書かない期間が長くてすまぬすまぬ。誰に謝っているのだろう。最近のはまりもの。スクラブル。米国の文字遊びボードゲーム。学生の頃から好きだったゲームだが、最近米国ヤフーで探してPCで遊べるのを買ってしまった。猿の様に楽しんでる。専らコンピューター対戦なんだが、このゲームは人間の誰よりもコンピュータが強い。苦戦の連続。中程度の強さを相手に、勝率三割程度だ。せめて五分の星までいきたいもの。
●くばらの「キャベツのうまたれ」。ノンオイルのドレッシング。此れがなかなかいける。生キャベツにかけて食べる為のものなのだが、広く野菜類の味付けに使える。すっぱすぎず、油っこさがなく、とても宜しい。売っているスーパーが限られているので、私は幾つか備蓄してある。玉葱の薄切りを水に晒し、此れをかけて食べると、ひと玉くらい一度に消費してしまうのだ。
●もずく。最近は夜食にもずくをすすっている。低カロリーだし、うまい。店では黒酢なんかで味付けしたものが売られていて、其れで充分なのだが、最近青森の人に無味の冷凍もずくをどっさり頂いた。此れを食べるだけ解答し、「キャベツのうまたれ」をかけて食べるのだ。
●ジャム作り。今年もこの時期は自家採りのあんずと梅でジャムを作る。ううむ。美味いジャムが出来るのはいいのだが、作りすぎてしまうのだよなあ。人さまにあげまくって漸く量を減らす事が出来た。あんずジャムはゆるめの仕上がり。一方梅はペクチンが豊富だから、自然とゼリー状に固まる。前者はヨーグルトに、又サイドイッチに。後者はくずきりを食べる時などにお薦めだ。
●さてさて、ファラ・フォーセットが亡くなったと思ったら、マイケル・ジャクソンも死亡ですか。訃報相次ぎ慌しい事です。ご冥福をお祈りします。

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2009年6月 5日 (金)

五月に観た映画

●『ミルク』。ガス・ヴァン・サント監督。同性愛者の権利拡張に尽力し暗殺された実在の人物の伝記映画。『ノーマ・レイ』みたいな感じと思って見てた。実直な作りで悪くない出来でした。
●クリント・イーストウッド監督の『グラン・トリノ』。色んな含みのある映画。巧みな出来であり感動的。何より主人公像は監督自らが嘗て演じてきた西部劇のヒーロー其のもののよう。嬉しくなりますな。五十年貯めて来た財産を、移入者へ譲り渡す老人の話。イーストウッド監督、多分アメリカ映画の未来に余り希望を持っていないのではないかしら。映画の未来を託せるのは今や寧ろよその国の人と思っていそうだ。ともあれ絶品。映画作家として又役者としての遺書の様な作品でした。
●『吸血鬼ゴケミドロ』。佐藤肇監督。高英男さん追悼で観に行った。あの、飛行機の一番後ろの座席で白いスーツにサングラス姿で座っている高さんの何とも不気味な姿。絵になる人だったな。
●『ゴジラ対ヘドラ』。坂野義光監督作品。ヘドラ、最近妙に人気があるらしい。フィギュアも次々に出ているようだ。でもフィルムセンターの上映には客が詰め掛ける程ではなかった。若い女性の割合が高かったのは少し意外。真鍋理一郎のゴジラ登場の音楽は余りにも間抜けで困るね。
●ジャック・ドゥミの『シェルブールの雨傘』デジタル・リマスター版。日常会話を全て歌で綴った、歌いっぱなしフランス製ミュージカルの代表作。世間知らずの小娘が、子までなしておき乍ら、徴兵で外地へ行った彼氏の帰還を待ちきれず、別の男と結婚してしまう。分別のない主人公で、共感しにくいお話だ。結婚相手のヒゲの宝石商も如何にも胡散臭いのに、結局はただの人って、何だかドラマ的にちょっと物足りなくもある。然し乍らミシェル・ルグランのあの主題曲が兎に角大仰に盛り上げまくる。あの音楽の力は凄いよなあ。卑怯なくらいです。
●フィルムセンターでのEUシネマデイズ。シェル・オーケ・アンデション監督のスウェーデン映画『クリスマス・オラトリオ』を取り敢えず観る。事故で母を失った少年が成長し、父や妹の面倒を見ながらホテルで働き、中年女に惚れられて強引に関係を持たされ、子供まで出来てしまう。其の子が大人になって、村の聖堂の聖歌隊でバッハのオラトリオの指揮をする。北欧の美しい景色はよかったけれど、話自体も展開も今一つ。原作はラーゲルレーフなのかな。ただ筋を追っただけの様な映画で、物足りなかった。
●それからチェコの近作『カラマーゾフ兄弟』を見ようと思って出掛けたのだが、上映十分前で満席になって、入れなかった。フィルムセンターは立ち見を許してくれないのだ。定員分しか入場出来ない。どんな映画かよく知らないで行ったのだけれど、見られないとなると俄然見たくなって来る。いつか鑑賞の機会が来るのを待とう。然し熱心な映画ファンは結構いるものだね。嬉しくなりますな。
●悔しいから別の映画を観ようと思い、早稲田松竹へ向う。が、東西線に乗って向った所、間違えて早稲田で降りてしまった。高田馬場で降りなきゃいかんのに。仕方なく歩いて、何とか上映に間に合った。此処も混んでいた。クリストファー・ノーラン監督の『バットマン・ビギンズ』。バットマン誕生までが冗長。ヒマラヤで忍術を学んだりするのだが、つまらない。後半、漸くバットマン登場となって面白くなった。ストーリーよりは、寧ろ様々なギミックの凝り方に興味を惹かれと云う感じ。
●『ダーク・ナイト』。同監督に拠る続編。こちらは大仰なばかりでつまらない。相当に露悪的と云うか、人間生殺し的なスリルの盛り上げ方が先ずもって不快。ヒロイン殺したりしてして、ヒーローものなのに爽快感は少しもない。敵役ジョーカーが又よく分からないキャラ。金に執着しないくせに随分と子飼いの手下がいるっぽい。一体どうやって雇っているんだか。何だか全体的にノリの悪い作りだったな。二時間半は長過ぎだ。と云うか、ヒロインのレイチェル役がマギー・ギレンホールになっちゃうって、あれはないよな。
●タイ映画『チョコレート・ファイター』。プラッチャヤー・ピンゲーオ監督。タイの暴力団の親分の情婦が、日本のヤクザと浮気して子供が出来る。この子ゼンは、知能の発達に障害があるのだが、格別な身体能力を持ち、恐怖に対して無感覚。母を助ける為ゼンはあちこち乗り込んで借金を回収して廻る。其の都度相手との格闘がある。筋書きは子供騙しのチャチなもの。然し主演ジージャー嬢のアクションが兎に角凄い。雑居ビルの外壁での格闘なんか、名場面でしょう。圧倒されっ放しの後半でした。彼女のアクションだけで充分な魅力を感じられる映画。阿部寛もなかなか良かった。

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2009年5月31日 (日)

よろず屋友の会でオグリ!

●日本青年館で花組『オグリ!』観る。節談説教でしばしば語られる小栗判官照手姫の物語。と云っても、節談説教自体は直接聴いた事ないけれど。ただ、小沢昭一さんの録り貯めた「日本の放浪芸」シリーズの中に、絵解の「小栗判官照手姫」の音源も収められている。十年位前にCD化された際には其れは七枚組の第一集に収録されていた。私は其れを買って持っている。ちょっとだけ聴き直して、予習して観劇に及ぶ。
●節談説教、要するに霊験やら道徳やら寺社の由来やらを語って聞かせる芸能であって、刈萱童心とか身毒丸とか山椒大夫なんか、皆この辺から出た話らしいですな。小栗判官も同様。毒殺された判官が各地の村人達や照手姫の信仰に依って復活、お大尽になり、最後は照手姫と結ばれると云う、霊験物語であり出世物語でありラブストーリー。敵役横山の陰謀などもあるし、まず話としては面白い。
●今回は木村信司氏の演出。予想よりもきめ細かな作りになっていて、其の点まずは良かった。主演の壮一帆氏、見栄え良く、くっきりとした青年小栗像を打ち出していて、立派なものでした。複雑な内面表現などはもとより殆どない芝居だけれど。
●何よりこの話、現実にはあり得ない筋であり、特に主人公の一貫した意思が作品全体を貫いている訳でもないから、単にうわべを追っているだけの様なお芝居でもあった。語り部として藤京子さんが頻繁に登場する。此れが丸で昔話を語るかの様な口調。もっとこう、節をつけて、流れ良く語った方がこの作品にはふさわしいと思うのだがな。其れこそ節談説教で。牧歌的で民話的な話の流れになっていたけれど、あり得ない様な奇跡の話でもあるし、ストーリーが変転を重ねて相当に無理ある展開でもある。其処は語りの勢いで押して仕舞うべきと思うのだが。それが、キムシンにしては意外に淡々とした劇の運び。適切だったのかどうか。まあ押し付けがましい余計な主張など籠められなかったのは幸いではあったけれど。
●壮氏の見事さは兎も角として、他に良かったのは矢張り照手姫の野々すみ花さんだな。清楚さと強さとひたむきさが出て、芝居はとても良かった。客席の通路にしゃがんだまま心痛の演技をする場面もある。如何にもやり難そうな環境で、丸で罰ゲームの様でもあるけれど、しっかり出来てました。野々さん、もう安心して宙の博多座へ送り出せますな。
●三郎役紫峰七海氏、線の太さが出て立派な押し出し、かっこよかった。花野じゅりあ姐さんは、ホゲ母に引き続き腹黒そうな意地悪そうな役どころ。恐ろしく似合ってしまってますな。
●それにしてもセットですよ。馬頭観音だからと云う事なんだけど、終始舞台の真ん中に置かれたあの巨大な馬の首、写実的すぎやしないだろうか。「ゴッドファーザー」じゃないんだから。其れに比べて大蛇の頭と尻尾のあのいい加減な作りは何なのか。キムシンのセンス、どうもよく分かりません。

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2009年5月30日 (土)

鳥居さん三十回忌

●何年前だったろうか、多分七八年前の事だと思う。宝塚に関する古い雑誌を読むのが好きな私は、インターネットで戦後間もなくの「歌劇ファン」を纏めて購入した。宝塚歌劇団から発行されている雑誌は「歌劇」と「宝塚グラフ」であるが、戦後間もない時期には、他の出版社からも幾つもの雑誌が出されていたのだ。「宝塚春秋」なんてのもあるし「東寶」もある。其等は宝塚だけでなく、OSKや松竹歌劇団をも扱っていたりもした。
●私が買った「歌劇ファン」は、昭和二十四年から二十六年頃までの、合計四十冊だった。どこの店から買ったか忘れて了ったけれど、静岡県の古本屋さんだったと思う。値段は確か二万円だった。四十冊で二万円は割安な方だ。何しろ此れだけの数が揃っている点が素晴らしい。或いは一冊あたりもっと安く売られている事だってあるかも知れぬが、一冊一冊買って此れ丈の数を揃えるには相当な苦労が要る。当時私は大喜びでこの一揃えを購入したのであった。
●こんな「歌劇ファン」が纏めて売りに出ていると云う事は、誰かの蔵書がそっくり古本市場に持ち出されたと考えるべきである。果たして持ち主はどんな人だったのだろう。
●実はこの「歌劇ファン」、殆ど全ての表紙に「謹呈」なり「贈呈」なりの判子が押してあるのであった。そして其のうちの多くに「鳥居様」と直筆の宛名書きがなされていたのであった。「歌劇ファン」が「贈呈」される位であるから、きっと此の「鳥居様」は宝塚歌劇団の関係者に違いない。其の「鳥居様」の蔵書が、いつか纏めて古本屋に売られ、巡り巡って現在は私の手許に辿り着いている。とこう云う次第なのだろう。では其の「鳥居様」とは誰なのだろう。
●気になって調べてみたのだが、宝塚の歴史上「鳥居」と云う芸名の生徒はどうやら一人もいない様だ。とすると、演出家の名前だろうか。然し、矢張り「鳥居」と云う演出家は宝塚史に見当たらない。毎号「宝塚ファン」の「贈呈」を受けている訳だから、宝塚外部の人と云う可能性は薄そうだが。
●気になりつつも、一体誰なのか分からない「鳥居」さんなのであった。が、間もなく其の正体は判明した。四十冊ある「歌劇ファン」誌の中にただ一冊、「鳥居様」以外の宛名が書かれている号があったのだ。其れには「天津様」と書かれていた。「天津」と云う苗字は、世間にも普通にある。だから私は、「鳥居」さんの持っていた本の中に、何かの拍子で一冊だけ「天津」さん宛ての本が紛れ込んでいる、其れだけの事とはじめ思った。だが天津さんとは何者か。宝塚で「天津」と云えば、何よりも真っ先に「天津乙女」を思い浮かべなければならない。
●天津乙女さん。宝塚第六期生。宝塚の至宝と云われた舞踊の名手。歌劇団理事。紫綬褒章受章。勲四等宝冠賞受章。あらゆるタカラジェンヌの中で最高の高みにまで達した方だ。1970年代の「宝塚おとめ」では当然の事ながら常に一番最初に名前が載っている。天津乙女、春日野八千代、神代錦、天城月江、と云った順番。そして昭和五十五年、現役生徒の立場のまま物故。
●ふと思い当って調べてみると、其の天津乙女さんの本名がなんと「鳥居栄子」。「鳥居」さんとは天津乙女さんの事だったのであった。これって、オールドファンなら調べるまでもない事だったのかも知れないな。春日野八千代さんも「石井さん」で通っていた事だし。だが私は「天津」さんイコール「鳥居」さんとは、其れまで全然知らなかった。
●私が購入した此の「宝塚ファン」四十冊は、要するに天津乙女さんの蔵書だった訳だ。天津さんの手許にあったものが、没後暫くして売りに出され、今私が愛蔵している。考えると何だか非常に感慨深いものがあるな。
●天津乙女さんが亡くなったのは昭和五十五年の五月三十日。であるから、今日が恰度三十回忌にあたる。私としてはお線香でも上げたいところである。鳥居さん、ご蔵書はわたくしが此れからもずっと大事に致します。

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