2008年12月 2日 (火)

十一月に観た映画・甲

●月はじめのNHKアジア・フィルム・フェスティバルだが、実は初日に行って五本立て続けに観賞したのであった。四本目までは結構ハシゴしていた人がいたらしいのに、五本見るバカは私だけだった模様。見終った後、渡辺俊雄支配人から「まさかとは思いますが、今日五本全部観た人!」と訊かれて、手を上げたのが私一人だったのは恥ずかしかったよ。皆から拍手されちゃうし。観たのは韓国の『My Son あふれる思い』、中国の『キネマの大地』、台湾の『Orzボーイズ』、中国の『追憶の切符』、イラク=クルディスタンの『僕たちのキックオフ』。
●『My Son あふれる思い』を見たお客さんの中には、リュ・ドックァン氏の『ヨコヅナ・マドンナ』で韓国映画にハマったと云う殿方もいらっしゃった。『ヨコヅナ・マドンナ』八回観たとかで、凄いや。私は見てません。機会あったら観ましょう。此の中では『僕たちのキックオフ』が一番良かったかな。『Orzボーイズ』もすごく好きだ。
●翌日、残る一本、トルコの『パンドラの箱』を観て、今年のアジア・フィルム・フェスティバルはコンプリート。
●ドイツ映画祭は新宿バルト9が会場になっていて、見やすくて良かった。大スクリーンで観る映画祭、いいもんだね。『ウェイブ あるクラスの暴走』。独裁の実験授業の映画。ドイツで「独裁」が昔話になりかかっている現実と、いつ其れが復活してもおかしくない事の恐怖。教育映画としても観られる映画だが、エンターテインメント性も充分。
●『ノースフェイス アイガー北壁』は、近年稀な山岳映画の傑作。色恋を絡めてしまった所が勿体ない。男だけの厳しいドラマとして突き進んで欲しかった。然し、観る側さえ凍傷になりそうな感覚を覚えさせる映画。会場には山男らしい方々もいっぱいいたけど、そうした人達にも概ね好評だった模様。
●新文芸坐で川島雄三を四作。『青べか物語』は、埋め立て前の浦安が舞台。半農半漁の貧しい土地に流れて来た文士が森繁。あのあたり、医者に出産費用も払えない貧農がいっぱいだったと云う昔語りを私は幾度も実際に耳にした事がある。今の浦安舞浜あたりからは想像出来ない土地柄だった訳だが、映画はのどかでいい雰囲気だ。今では失われた光景を見るだけでも充分楽しめる。
●『グラマ島の誘惑』は、終戦間際、南洋の無人島に残された十三人の男女のお話。男四人、女九人。森繁久彌が宮様の士官で、フランキー堺が其の弟。皇族の仕草を笑いのねたにすると云う何とも不敬なB級コメディ。女優陣も轟夕起子、八千草薫、久慈あさみの元タカラジェンヌを始め、宮城まり子、岸田今日子と揃っている。彼女達の多くが吉原の売春婦の役。ベテラン格の轟夕起子さんに対し、フランキー堺が「内地もよっぽど女に払底しているんだな」なんて云う台詞がある。どこまでも失敬だ。宮様兄弟の下士官役、桂小金治がいい味。
●『イチかバチか』は傑作。吝嗇な大富豪伴淳三郎の金を巡っての騙し合い。三河の市長ハナ肇が、如何にもがめつそうな役で出て来るのだが、実は見どころある男と云う設定。市長の秘書水野久美さんがかわいい。伴淳の秘書は団令子。ハナ肇市長追い落とし一派の頭目に山茶花究。脚本菊島隆三。無駄の無い展開で流石の面白さ。池野成の音楽がいいねえ。此の映画のサントラはちゃんとCD「池野成の映画音楽」に収録されている。私の愛聴盤の一つ。
●『喜劇とんかつ一代』。とんかつ屋の大将が森繁久彌、女房が淡島千景。『夫婦善哉』のとんかつ屋版。フランキー堺やら三木のり平やら加東大介やら益田喜頓やら山茶花究やらが絡むけれど、とっちらかっちゃってる印象の下町喜劇。「♪あ〜あとんかつの脂の味の接吻をしようよ」と云う主題歌が耳に残る。
●前田哲監督の『ブタがいた教室』。児童映画、教育映画みたいな作品。小学六年生が、一年間の飼育後に食べると云う前提で学校で豚を飼い始めるが、Pちゃんと名前をつけちゃったりして、情がうつる。食べるべきか、此の儘下の学年の子に飼育を任せるべきか。子供たちと先生の苦悩と決断の映画。
●悪くはないんだけど、甘いなあ。伊太利の『木靴の樹』では、農家で豚を屠殺して捌く生々しい場面があって、農村の生活の実情を直截に表していたし、前田憲二監督『土俗の乱声』では韓国のムーダンが鳴きわめく生け贄用の豚を踏みつけ、首に刃物を入れて殺す祝祭の場面もあった。それぞれ意義ある屠畜であったのに比べれば、『ブタがいた教室』は丸で温室の世界だ。Pちゃんを食べるにしろ、食肉センターに送るなどするのでなく、自分たちで殺して喰うと云う選択肢くらいは欲しかったところ。
●『櫻の園 −さくらのその−』。お気に入りの中原俊監督、今回も手堅い出来。良作の仕上がり。ただ、完全無欠の十八年前の『櫻の園』に比べると、出来は随分劣ると云わざるを得ない。問題児っぽかった福田沙紀のキャラ設定は一体何だったのかと思わせるし、彼女の姉京野ことみと其の婚約者の仲も、何かありそうな仕込みを入れておき乍ら、結局何でもなかったりする。脚本に不服が残る。音楽も前作に比べると陳腐な入れ方。
●でも心地のよい映画で、見終わってからの満足度は結構高い。次は是非男子校の演劇部で『櫻の園』撮って欲しいなあ。
●『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』。悪ガキ高校生達が田舎の駐在さん佐々木蔵之介にいたずらを仕掛けたりする。或る夏、彼等は病気の女の子の為に病院から見える地点で花火を打ち上げる事を目論み、離れた花火会場から花火を盗み出す計画を立てる。要するに「夏休みの思い出映画」みたいなもの。大した中身はないけれど、退屈はしなかったからいいや。
●『アフタースクール』。まさか半年足らずの間に、お金を払って三回も見る事になるとは思わなかった。三回見ても面白いと思えるのだから、いい映画なのだろう。でももういいです。

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2008年11月30日 (日)

十一月に観た映画・フィルメックス

●月末に東京フィルメックスで六本を観た。先ずレバノン合作『私は見たい』。ベイルートを訪れたカトリーヌ・ドヌーヴが、レバノン南部の内戦の跡を見たいと言い出す。然し南部には地雷地帯が依然存在しているし、治安も悪い。大女優が訪れるのは危険である。フランス語を話せる現地ガイドを雇い、身辺警護を何人も連れて、取材クルーともどもドヌーヴさんが南部を行くと云う話。
●取り敢えずはドキュメンタリーであるけれど、視察の結果何かを見つけたとか、得るものがあったとか云う訳ではない。何だか車窓ビデオの様な、レバノン南部の光景がずっと続いたりする。映画の作りとしては非常に中途半端な感じ。然し、内戦後の荒んだ光景や、対する自然の美しさなど、映像には惹きつけられるものがある。映画の第一の眼目は、そうしたレバノン南部の光景を写実する事にこそあったのではないかと思われもした。いつ地雷を踏むか、或いは国境でいつイスラエル兵に撃たれるかと云った緊張の場面も一応用意されてはいる。
●ちょっとフェイク・ドキュメンタリーっぽい映画の作りは、キアロスタミの『そして人生はつづく』と同じ様な感じだった。出来はキアロスタミ作品の方が勿論上。すっかり貫禄のついたドヌーヴさんは、何だか京唄子のようであった。
●ブラジルの『リーニャ・ヂ・パッシ』。ウォルター・サレス&ダニエラ・トマス監督。ブラジルの下流階級の一家を描く。家政婦をして四人の子供を育ててきた肝っ玉母さん。長男は二十歳くらい。サッカーが上手いが、なかなかプロになれず焦っている。文書を偽造して年齢を詐称し、プロ球団の入団テストを受けたりしている。次男はバイク乗り。ちょっと不良。三男は信心深い真面目な青年。一番下の子は腹違いでまだ小さい。バスが大好き。
●この一家の苦しい生活ぶりが描かれる。厳しい生活の実感を捉え、社会に反発する青年の心や、犯罪に落ちていく弱さ等について綴った映画。何だか伊太利のネオ・レアリスモみたいな感じもあった。
●ジョニー・トーの『文雀』は四人組のスリの話。華麗な指使いで路上スリを繰り返す四人だが、逆に或る女に翻弄される。其の様子がコミカルなタッチで描かれる。まずまず面白く観られた。ラストのスリ攻防戦は余りに現実離れしてしまっていたけれど。
●『ティトフ・ヴェレスに生まれて』。マケドニア映画。寂れた工業都市に生まれた三人姉妹。三人とも結構なお年頃。一番上の姉は薬物中毒。次女は国外へ出たがっている。然しなかなか外国のビザが取れない。主人公の三女は言葉を発しない。この三人の生活ぶりが描かれる。どの人物もなんか嫌な女で、誰にも共感出来ない映画だった。廃墟に近づきつつある様な町の空気が人間の内面まで暗く汚染してしまっている感じ。恐らくは其の社会状況を描き出す事がこの映画の主題だったのではないか。しかし、基本的に人物に魅力なく、全体的に暗いムードで、面白いストーリーでもなかったのだが、いちおう衰退する町の汚れた空気の感じはよく出ていた。
●監督はテオナ・ストゥルガー・ミテフスカと云う女性。質疑応答での受け答えを見ると、なかなか切れる人の様ではあった。映画は好きになれなかったけれど、今後に期待の持てる人なのかも知れない。
●今年はコンペティション部門の映画は一本観ただけだった。『私は見たい』が其れだ。本日発表されたグランプリは、イスラエルのアニメ映画『パシールとワルツを』。観てないから何とも云えないが、去年に続いてイスラエルの連覇だ。審査員特別賞は中国と韓国の作品が二作同時受賞。ちなみにフィルメックスのコンペティションはアジア映画のみが対象である。
●コンペとは別に、コンペ作品をも含む全上映作品の中から、観客賞が選ばれる。これは昨日上映された園子温監督の『愛のむきだし』が獲った。『愛のむきだし』については昨日感想を書いたからもう書かない。この受賞結果には納得だし、当然だろうとも思う。力づくで捻じ伏せられて「まいった」と言うよりない映画だった。
●で、今日は授賞式に引き続いて、ハンガリー映画『デルタ』を鑑賞。何年ぶりかで田舎へ戻ってきた髭面の男。両親に疎まれ、歓迎されない。町の皆も胡散臭そうに見る。実際に少々陰気な男。彼は葭原が続く大河の河口に長い桟橋を架け、川の上に木造家屋を自力で建て始める。家を出てきた妹も一緒に手伝う。
●豊かな自然の中で、ちょっと暗い兄妹が少しずつ木造小屋を建てていく。スローライフみたいな生き方の選択。今年イタリア映画祭で観たエルマンノ・オルミ監督の『百本の釘』も、髭の男がポー川のほとりでスローな生活を送る映画だった。其れを思い出す。尤もあちらは如何にもイタリアらしい陽性の映画で、こちらのハンガリー作品とは色合いが随分違っていたけれど。
●で、殆ど笑顔を見せないこの主人公が、漸く地元の人たちと打ち解けあい、家作りにも協力して貰える様になった矢先、不幸な結末が彼を襲う事になる。余りに唐突な悲劇で映画が終ってしまうのである。ううむ。詳しくは書かないが、かなり後味の悪い映画だぞ。まあ、ロケーションは素晴らしく、映像の美しさが心に残りはしたけれど。何だか暗い結末で映画祭が結ばれる事になった次第であった。せめてクロージング作品くらい、もう少し景気のいい映画にして欲しかったものだよ。
●取り敢えず今年のフィルメックス、一番の収穫は『愛のむきだし』だった。今年は戦争の傷跡とか、犯罪を描いた映画ばかり観てしまったなあ。そんな映画ばかりが選ばれていたのだろうか。前向きな映画を一本くらい観たかったと云うのが現在の本音。

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2008年11月29日 (土)

『愛のむきだし』

●映画の冒頭若しくは末尾に「この作品は事実に基づいたものである」みたいな文言が呈示される作品がしばしばあるけれど、あれは少々ずるいのではないかと日頃から思っている。登場人物の行動や話の展開に納得いかない点があっても「だって事実がそうだったんだもーん」と言い逃れする口実に見えてならない。作劇や話術の不備を突かれるのを、この但し書き一行で免れようとしている様にも思われる。多くの映画の場合、わざわざそう記す必要など本当は殆どないのではなかろうか。
●東京フィルメックスで本日見た園子温監督の新作『愛のむきだし』冒頭にも、同様の文言が出た。又かと云う思いがしないでもなかった。ところが、この映画の場合、其の一文が遁辞として使われていない。ごてごてと、作りに作った、嘘八百のフィクションでしかない様な映画であって、戯画化され誇張された部分が多く、実話と感じられる様な部分が殆どない。嘘を嘘で塗り固めた様な内容なのだ。よくもココまで作るなあと感心させられる様な、極めて人工的な展開であり、登場人物であり、演出上の効果であるのである。だから、「この映画は事実に基づいている」、『愛のむきだし』の場合こそ、其の但し書きの存在が全く正当なものとなっているのではなかろうか。
●然し凄い映画だった。見終って此れ程興奮状態に置かれた日本映画は今年初めてだ。兎にも角にも上映時間四時間と云うのが先ず凄い。途中で休憩時間が入るものの、あの有楽町朝日ホールの椅子で四時間はつら過ぎる。余程見ずにおこうかと思ったのだが、チケットを買って仕舞っていた。然し観て良かった。少しも退屈する事がなかった。見事な映画だった。お勧め。
●前半はシチュエーション・コメディだ。秀逸なコメディ。主人公は西島隆弘君演ずる高校生ユウ。神父の息子として生まれた彼は、得意な家庭環境に育ち、自らに「罪」が必要な事を悟ってパンチラ盗撮に精を出すようになる。彼の憧れはマリア様。現実世界のマリア様として彼の前に現れるのが満島ひかりさんの女子高生ヨーコ。彼女は「すべての男は敵」と思い込んでいる人。ヨーコに思いを寄せるユウを彼女は寄せ付けようともしないが、彼女と同居している奔放な大人の女性カオリは、ユウの父親の神父テツをたらしこんで愛人の座に納まる。やがては結婚をとテツに迫る。カオリ渡辺満起子、テツ渡部篤郎。
●気持ち悪いと思っているユウの妹にならねばならないヨーコだが、街で出会った謎の「女性」さそりの助言で状況を素直に受け入れる努力をする。かくてユウ、ヨーコ、テツ、カオリの、家族同様の生活が始まる訳だが、其の状態を密かに視察し、大掛かりな罠に引っ掛けようと目論む女コイケがいる。此れが怪しい新興宗教団体の幹部で、安藤サクラ。
●この人々が絡みに絡んで、物凄く複雑でスケール大きなシチュエーションが出来上がるまでに二時間半くらい掛かる。桁外れのスケールのシチュエーション・コメディなのである。
●ところが後半は雰囲気一転。観ていて心高ぶる部分、感動する部分、大掛かりな撮影で感心する部分などが展開する。ねたバレになるから詳しくは書きません。でも少しもダレる事無く最後まで持っていく力技に大いに感心しました。
●此れが映画デビューの西島隆弘君大健闘。変態の役なんだけど、いやらしく見せてはならない役でもある。私にとっては今まで知らない人だったのだが、とても良かった。会場にはファンと思しき若い女性も沢山いたけれど、この内容、あの芝居ならきっと大満足でしょう。
●然し其れ以上に圧巻だったのは満島ひかりさんだな。圧倒的な芝居。パンチラ大サービスも勿論だが、コリント十三章を朗誦する場面、ユウを取り戻そうとする場面。素晴らしかったよ。かわいいし。
●来年一月、東京だと渋谷のユーロスペースで公開されるらしい。長さを恐れず観に行くべし。それにしても、上映後改めて監督が「実話実話」と強調していたけれど、此れは実話であろうとなかろうとどっちでもいいよ。実話がベースなら凄いってもんじゃない。寧ろ全部作り話で此れだけの映画に仕上げたなら、其れは其れで、と云うか寧ろそっちの方が凄いだろう。
●断然。それにしても有楽町朝日ホールの音響、悪すぎ。音声がよく聞き取れない部分が多かった。

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2008年11月28日 (金)

パラダイス・プリンス観ました

●有楽町で東京フィルメックスと云う映画祭が行われている。去年までは結構張り切って見たのだが、どうも今年は観に行くのに気分が乗らない。いい加減、有楽町朝日ホールがいやになったと云うのが一番の理由だろうと自分で思っている。きっとそうだ。あそこは映画見る環境じゃないからな。いや落語や講演を聞く場としても全く気が進みそうにない会場だ。
●だからフィルメックス、今年は余り見ないのだ。まだ三本しか観ていない。観たのはブラジルの『リーニャ・ヂ・パッシ』、レバノンの『私は見たい』と、香港の『文雀』だ。気乗りしないまま見たからだろうか、どれも今ひとつの出来に感じられた。悪くはないが。
●で、東京フィルメックスの合間を縫って、宙組公演『パラダイス・プリンス』『ダンシング・フォー・ユー』を観てきた。『パラダイス・プリンス』は植田景子さんの作・演出。モダンアート界の寵児である青年画家スチュアートが、アニメを作ると云う幼児からの夢に挑戦するべく、家出をしてアニメ製作会社に入社、今や閑職の手描きアニメ部へ配属される。そこで働く、嘗てはアニメに夢を抱いていたものの今は倦怠状態にある社員たち、それと、彼が出会った絵描き志望の女性キャサリン、彼女の仲間である貧しい絵描きの卵たち。こうした人々が夢を追う様を描きつつ、スチュアートを連れ戻そうとする美術界の連中とのごたごたも展開する。
●賑やかな作品で、多くの登場人物に役が割り振られ、台詞も適度に割り振られて、なかなか面白くバランス良く出来たいい作品でした。いろんな立場の人物が登場するが、景子先生、要するに宝塚にハチクロを持ち込んだわけだな。アニメ志望のスチュワートが勿論主人公であるのだけれど、ハチクロ世界のキャサリンも堂々主役と云っていい。二人の存在感の差のない大きさが気持ちいい。ただ陽月華さん、一年ぶりくらいに見たけど、ちょっと細くなり過ぎでないかい。あんなに痩せてたっけ。此の役は、もちょっと健康的に見える方がいいな。
●北翔君は又おどけ役か。あんまりそう云う柄の人ではないと思っていたのだが、漫才も既に二度もやってるし、何だか似合って来てしまっていますな。それでいいけど。
●作品においては、青年がアニメ製作の会社に入社すると云う設定。コレ、景子先生、自分が宝塚歌劇団の演出部に入った時を思い起こしながら書いたりしたのかも知れないな。デスクが並べられたあの舞台設定眺め乍ら、何となくそんな想像もしたものだ。入社したら、正塚さんとか小池さんとか石田氏とかオギーとかが廻りにいた訳か。あの場面、彼等をモデルにしてくれていると、内輪受けだが我々も楽しめるんだけどなあ。まあ無理か。
●でも、もしそうだとしたら、キムシンが絶対ラルフだな。

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2008年11月27日 (木)

城という字は「土に成る!」

●池袋演芸場で「パンドラの箱」落語会を聴いて来た。ほんの五日程前に突発的に決った会だそうで、春風亭百栄、春風亭昇太、林家彦いち、三遊亭白鳥と云う豪華出演陣。落語協会の番組なのに、芸協の昇太師匠が登場する、異例のプログラムだ。皆どこで知ったのか、告知が殆どされていないにも拘らず立見の出る大入り。早めに行って良かった。
 □ 春風亭正太郎 「道具や」
 □ 春風亭百栄  「生徒の作文」
 □ ロケット団
 □ 春風亭昇太  「中世城郭講義+愛犬チャッピー」
 □ 林家彦いち  「実録・蘇民祭」
 □ 三遊亭白鳥  「奥山病院奇譚」
●前座の正太郎さんから笑わせて頂きました。百栄師匠の「新・生徒の作文」は初めて聴いたけれど、此れも面白かったなあ。「生徒の作文」は他の人で何回か聴いているけれど、百栄版が一番面白いや。
●池袋の高座と云う事で過激バージョンのロケット団。引き続いて、スケッチブックを抱えた昇太師匠登場。落語協会の楽屋に一人だけ混ざっての心細さをさんざん訴えた後に、今日は好きな事をやらせてもらいますと宣言して、趣味の「中世城郭」についての講義開始。スケッチブックに図を描き乍ら、大好きな中世城郭について語り捲る昇太師匠の熱いこと。
●「城と云う字は土に成る! 城の基本は土塁の様に土を盛り上げた防御壁! 天守閣や石垣なんてものは、城の歴史の最後の最後に漸く出て来るもので、あれは近代城郭!」「中世城郭に天守閣なんて無かったのに、小山城とか小牧城とか、馬鹿な役人が観光客向けに天守閣なんて作ってしまった。アレは歴史の偽造! 今そんなのが日本にはいっぱい」「今日は皆さんに城についての認識を改めて帰って貰いますからね!」とまあ熱血的に語る語る。薬研堀とか三日月堀とか武田堀とか丸馬出とか、一気呵成の説明が続いた。凄まじいテンションでした。
●要するに、城と云えば天守閣と石垣だと思ったら大間違い、と云う昇太師匠の主張。落語家と云えば蕎麦を食う仕草ってわけじゃないのと同じ、と、なかなかわかり易い譬えをなさる。其の上で、先日のNHKの番組で、小三治師匠がスタジオで蕎麦食いの仕草をやらされた事の屈辱を訴える。で、異常なハイテンションの儘「愛犬チャッピー」に入ったのでした。いや面白かった。
●仲入り後、彦いち師匠は、今年二月、岩手県黒石寺の蘇民祭に飛び入り参加した時のいきさつを、スライドショーを使って語り下ろし。こう云うしゃべりは本当にうまいなあ。後半は少し急ぎ足になったっぽい。此のスライドショー上映に当って、池袋演芸場の高座の扉が開いたのであった。初めて見た光景だった。いい日に足を運んだものだ。
●最後の白鳥師匠は、車に関西弁のおばちゃんの霊が乗り移ると云う話。もう滅茶苦茶な新作落語。ただ白鳥ファンの私でも、ちょっと荒唐無稽過ぎて着いていけなかったよ。トリへ辿り着く前に些か笑い過ぎてこちらが疲れていた所為もあったのかも知れないが。
●いずれにしても、僅か五日前に突発的に決った落語会なのに、いや、だからこそと云うべきか、ここまで笑わせてくれるとは、流石に気鋭の噺家さんたちだ。恐れ入りました。ずんずんホリイさんも来ていたな。横浜の落語教育委員会には行かなかったのかな。他を捨ててこちらを選んだのか知ら。

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